
紋谷のソコヂカラ
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僕と飼い主のこと そのに
投稿日時:2011/06/05(日) 22:13なんだか 最近 眠い。
どうにもこうにも眠い。

飼い主が言うには
「この季節は まだ自然界は寝ているのが当たり前で
それを やれ春だ それ新学期だなんて
浮かれているのは 人間だけ
…でも 本来のメカニズムはお休みモードだから
その反動が体に出るんだよ。
だから人間も調子落とす時期だし
…5月病とかその典型だ。
無理して頑張っても、結果はついてこないんだよ。
人間様はみんなまじめだから…なあ。
本領発揮は梅雨明けからで、
今はエネルギーを溜める時期なのだ」
などと わが飼い主にして情けないことを。
このブログも書きたくない。
…などと、
不謹慎なので ワン!
と吠えるも効き目がない。
仕方ないので 僕が書くことになった。
1年ぶりの登場なので、
なにか気の利いたことなど言いたいが、
比較的平和な毎日にとくに不満もなく
毎日だらだらと
「あらあ~海ちゃん かわいいわねえ~」
などと 近所の奥さんのご機嫌など
とりつつ暮しているので改めてなにか
…といっても特にはないのです。
それでも、
「おまえは ご飯とボール遊びとおしっこと
ウンチとお散歩と撫でてくれる人さまがいれば
それでいいのか?
人生 それだけか!」
と飼い主に言われ続け
「ほかになにか
犬にとって大切なことなどあるのか?!」
と日々 考えてはいる。
東北の震災のあと、世界のレスキューが
駆け付けている写真を雑誌で見た。

確かフランスだったかのチームは
たくさんの救助犬を連れて来ていて
その犬たちが活躍していた。
なんと僕と同じ犬種だった。
心が動いた。
同じ種類の仲間が
人さまの役に立っているのを見るのは、
誇らしい…反面
ここでこうしてじゃがりこ君を食べながら
雑誌を見ているだけの自分を情けなくも思った。
東京のどこかの倉庫の中に山と止まれた支援物資
届かないまま朽ちてゆく食料…
もったいないなあ~
美味しそうだなぁ~
などと、とんちんかんなことを
考えている自分を無き父が見たら嘆くだろうなぁ~
飼い主から、昔 聞かされた話だと、
父親は山岳救助犬だったらしい。
それもけっこう活躍した
優秀な犬であったようだ…と。
人間は「馬と犬は血統だ」と珍重する。
その意味ではこんな飼い主に飼われなければ…
僕だって…と思わないではない。
むしろ、今からでも
「行け!」と言われればその気はある。
本当だ。
血が騒ぐというのは…これだと感じる。
「機会は自ら造り出すもの」
言うのは簡単だ…できないひと
いや 犬もいる。
ここにいる。
気分を変えようと公園に行くと
向こうから “せいな”が走ってきた。
「なにしてるのお~♪」
土日の昼間には彼女によく会う。
見かけると、嬉しそうに走ってくる。
どうも僕に気があるらしい。
いつか飼い主が
「“せいな”ってどんな字?」と聞いたのだが、
地面に小枝で「聖菜」「清奈」と書いても
「違う!」とだけ
…「静奈か …じゃあ 星名かな?」
と意地になって書いても
…首を縦に振らない
…こういうところがわが飼い主は面倒くさい
…字なんてなんでもよいではないか。
“せいな”も飽きている
…早く僕とボールで遊びたいのだ。
始まったボール遊びはなかなか終わらない
というかぜんぜん終わらない。
子どもと言うのはどういうのだろう
飽きないことにはぜんぜん飽きない。
同じことを同じように、
ケラケラ笑いながら続けるこの根気
…さすがのボール好きの僕も参った。
渡せば 投げられる
…そのうちベンチの下に逃げ込んで
ボールを彼女に渡さないようにするのだが、
彼女は、いつまでも僕を覗き込んで
「ねえ~ボールちょうだい♡」と諦めない。
「投げられても取りに行かなきゃ良いんじゃん 」
と笑って言うが それは無理なのだ
投げられたら体が…
体が勝手に反応してしまうのだ。
“せいな”はこの町内に半年前に引っ越して来た。
前は団地だったらしい。
今は2階建ての新築。
家には“せいな”が生まれる前から飼っているシーズー犬が2匹。
“せいな”本人には弟なのか妹なのか
まだ赤ちゃんの兄弟がいるらしい。
もしかしたら お休みの日に遊ぶ友達が
まだいないのかもしれない。
そう思うととことん遊んであげたい気もするし
なにより彼女は僕のことが好きなのだから
…とがんばるのだが
…もう無理だ。
ベンチの下から SOSの目線を飼い主に投げる
…と
「じゃあ “せいな”またね」と
やっと解放される。

“せいな”のご両親は 自分の愛娘が
こんな得体のしれないおっさんと
近所の公園で仲良しなのを知らない。
こちらが知らないのだから
向こうも知らないはずだ。
もし、こんな光景を見かけたら
不安がるに違いない。
「だいじょうぶですよ お母さん
…飼い主は胡散臭いですが
僕は立派な血統をもった
どこに出しても恥ずかしくない、
むしろ誇らしい ちゃんとした犬ですから」
たいがにしてほとんどは
目の前の公園で済まされるお散歩が
ごくたまに少し先の森まで行くこともある。
よほど天気がよい時と
飼い主の気分がよい時と
そういう偶然が重なると
ごくたまにある。
小さい旅がめったにないせいか、
森まで片道15分の道行きでも
僕には冒険だ。
電柱がある度に、
さまざまな犬のおしっこの臭いを嗅ぐ。
おそらくはここを散歩コースにしているのであろう
近所の恵まれた犬たちの臭い。
あんまりに頻繁に立ち止まり、
フガフガと嗅ぐので、
飼い主は
「そんなに他の臭いが気になるのか?
嗅いでも仕方ないだろう。
まっすぐ歩け!」と怒る。
仕方ない…たしかに嗅いでも仕方ない
…のだが、そういう性分なのだから仕方ない。
森のスケールは小さい
といっても東京近郊の中では
緑はかなり潤沢にある方だと思う。
それでも、去年の飼い主の田舎などとは
比べるべくもない。
茶畑も田んぼも
…なんといっても
飛び込みたくなるような
川がないのは残念だ。
また夏が来る
あの楽しかった夏
暑いけど楽しい夏…
今年は一緒に帰省できるのかなあ~。
飼い主は 最近、少し調子が悪いようだ
あまり言うと叱られるので 言わないが、
去年とは体調はあきらかに違うように思う。
それでも、「生きているだけで丸儲け♪」と
散歩しながら歌っている。
たぶん人より神経が鈍いのだと思う。
困ったものだ。
かとおもえば
「お前は あと30年生きろよ!」
などと無茶をよく言う。
ラブラドールがそんなに生きられるわけないじゃないか、
ラブに限らず犬はみんなそうだ。
「…長生きするペットがいいなら
象亀でも買えば?」
と切り返すと、
「あれはダメだ
なんというか“生きる”っう
…やる気を感じない」
そうだ。
小さい森を適当にさ迷う。
「あれえ~こんなとこにまた家が建っている!?」
とびっくりしている。
たしかに、少し見ない間にまた住宅が増えたようだ。
このあたりは通勤圏なので、人はどんどん増える。
すこしでも土地があれば…
いつの間にか更地となり、
いつの間にか家が建って、
いつの間にか人が住んでいる。
放射能は怖くないのか
もっと田舎に行けよ
田舎は楽しいぞ と思うが。
まあ犬の言うことだから流して欲しい。
「緑が元気になってくると
森がもりもりしてきて
…いよいよ夏だあ~って
気分になるんだよなあ」
飼い主はいつもこういう
…どこまで夏好きなんだとあきれる。
太陽さえ浴びていればそれでいいという人だ。
ちなみに こちらは あんたの20倍暑いんだ
と言いたくなるが そこまで好きならまあ仕方ない
とひたすら我慢して…もう8年。
前にも言ったが
どんなに暑くてもわが家には
クーラーがないから大変だ。
正確には あるにはあるのだが
10年以上動かしていないから、
動かないまま そのままである。
こういうことを言うと
いまは節電だから…と
話を結びつけてしまいがちだが、
そんなこととは関係ない
「太陽のエネルギーもらって
暑くて 汗をかいて 体の老廃物が出て
…ああ気持ちいい~」
なんて飼い主は
「エコだの 節電だの
…後付けで したり顔で
うるさいなあ~ 冷房は気持ち悪い、
使わないから灯りは消して、だけじゃん!
別に、仙人の暮らしには
あこがれないけど、もっと裸のままで
いいじゃん!」
という発想でしかなくて
マクロ的にどうしたより
自然に目の前にある
気持ちの良いことを普通にすれば
…ってだけのようで、
いちいち 大げさに言うなよってだけで、
そう考えると 目の前にボールがあるから
それを追っかけてしまう
僕の行動となんら変わりはないのだと
この飼い主に親近感が湧く
…というわけでもない。
さて、散歩もそろそろ終わりの様だし
…このへんで失礼します。
飼い主に替って書いた割には
思い立ったことを繋げているだけの
感じで申し訳ない。
まあ 犬と言うものはそういうもので
あまり前の話は忘れるし
いま目の前のことに反応してしまう
性分なので、勘弁して欲しい。
去年 ここに登場したあとに
見ず知らずの人何人かから
飼い主の携帯にメールを頂いた。
飼い主も知らない人らしく、…
「こんなメール来たぞ!」と見せられた。
みなさん 無類の犬好きの方で、
なんとなく迷い込んで 見つけられたようです。
「これを機会にお前のサイトとか作るか?
写真集とか …グッズ とか(笑) …?」
その気もないくせによく言うものだ。
そういうありがちが一番嫌いなくせに。
「テーマ次第では面白いかもだぞ。
もうこの辺りとか
うちの田舎じゃ芸がないから。
どこか……そうだ!
八重山の島はどうだ。
世界でいちばんの海だぞ。
あそこで散歩したら
死ぬほど気持ちいいぞ!
ヤギとかいるぞ。
野生のクジャクとか…」
うーん そういうことなら大歓迎だ
…でもヤギってなに?
くじゃくって美味しいのか?
「…うーん でも なあ
画とお前がな~合わないなあ
…クリームソーダ色の海に
おまえがいてもなあ~
もっと緊張感あるところでないとなあ
おまえのとぼけ具合に現実感がでないからなあ~」
緊張感ってなんだ?…
いやな予感がするから…遠慮したい。
それに…僕はとぼけてなんかいない。
これでもまじめに生きているぞ。
よく考えれば飛行機に乗るなんて
考えただけでも無理だ。
ドライブは好きだから
江の島くらいでいいのだ。
江の島万歳!…
… ? 聞いてない?
はあ~犬の気持ちは伝わらない。
ではまた、夏の盛りでも…みなさんお体大切に。

暑い夏にでも。
1/32
投稿日時:2011/05/21(土) 08:26以前にも話しました。
薬によっては鼻毛やまつ毛まで抜けてしまい、
その存在意味を再発見した…とかなんとか。
それぞれの体毛は、必ず生え換わるのですが、
その順番やスピードに個性がある。
僕の場合は、とにかく鼻毛がいちばん早い
どこよりも早く生えそろう
というかじゃんじゃん伸びてくる。
次に鼻の下の髭
そしてあご髭…
シモの毛や脇の下などは
なかなか もとに戻らない。
要するに、このあたりは、
あってもなくても、
それほど困らないからではないかと推察する。
髪の毛などは なかなか微妙で、
生え換わると…
「柔らかくなる」などと言うが
その通りのようだ。
どうせ、生え換わるんなら、
じゃんじゃん生えて欲しいものなのだが…
薄い個所は やはり遅く
生えない個所は …やはり生えない
よくしたものである。
僕の場合 かれこれ 20回以上は
抜けたり生えたりしているので
体の方も面倒くさくなっている
のではないかと思う。
「また 抜けたの?
また 生やすの?
…もういい加減にしてくれ」
その気持も分かる 髪の毛とか
もう伸ばすのは面倒くさい
と本人が思っているのだから。
さて、そんな僕の体毛には
ひとつ不可思議なことがある。
たまに「黄金の毛」が生えてくるのです。
最近のことではなく
小さいころから…
髪の毛はもちろん二の腕やむこうずねや
髭が伸びるようになってからは、
鼻の下や顎の下 シモの毛にまで
時折 「黄金の毛」が生えてくる。
ドサッっと生えてくるわけでなし
ごくたまにポツポツと生えてくる。
この歳になっても変わらず生えてくる。
それがここ数年では、抗がん剤の効き目が抜けて
新しく生えてくるタイミング、
わりと早いタイミングで生えてくる
「おっ! 毛が生えてきたな
…あれ!? 金色の毛だ!」
という感じ…
かなり目立つようになってきた。
このままゆくとそのうち全部
金色の毛に生え換わるのではないかと
…実はひそかに期待している。
ということで たぶん僕の祖先には
外人さんがいたように思う。
というかそうに違いない。
じいちゃん世代までは
生粋の日本人であることは分かっているので
そのもっと先…5世代くらい遡ったあたりに
金髪の祖先がいるはずである。
5世代遡ると…250年くらい前
…江戸中期あたりか。
ヨーロッパのどこかの国の船が
嵐に難破して東洋の果て
ジパングに流れついた。
たったひとり生き残った若き将校…
それを助けた漁村の娘
そしていつしか… 恋に落ち…
生まれ落ちる禁断の証…
隠して育てられ数奇な運命を…
とか、そういうことに違いない。
スペインやオランダというのではつまらないので
この際、アイルランドということにしよう。
いいねアイルランド。
ということで僕には
「 1/32 アイルランド人の血が混じっている 」
ふふふ どうだ。
嘘だと思うのなら
こんどわが黄金の毛を
見せてさしあげようではないか。
これから 気軽に話しかけないでもらいたい。
なにせ僕は 1/32アイルランド人なのだから。
◆◆◆
2週間ほど前
左の胸に差し込まれるような
痛みが走った。
はじめて経験する痛み。
激痛であります。
いよいよきたか!?
…と翌日、病院に。
肺の腫瘍は大きくなれば
胸の神経に触れて痛みだす
…とは聞いていて理解していたので
ついにきたのか、
始まったのか…と。
急なことでレントゲンだけでの診断
…確かに大きくはなっているものの
胸の内側の神経に触れているのか
どうかは、その画像ではわからない。
結局、主治医も断定はできなかったものの
おそらく…腫瘍のせいであろう
ということになって、
2種類の痛み止めを処方してもらう。
ひとつは軽めのクスリ
もうひとつは強いクスリ
(こちらは 調剤薬局で…
処方についてくどくど聞かれた
なかなか処方しないクスリらしい)
…それから痛みは徐々に治まっている。
はじめは息をすると痛みが走る状態でしたが、
今は、大きく息を吸い込んでも痛まない。
癌の痛みは波の様だと主治医が教えてくれた。
痛んだり痛まなかったり
大きな波から小さい波へと進むらしい。
…それでも ただいま現在、
まったく痛まないのだから
…まあ よしとしよう。
先のことは先に考えればよい。と思っている。
◆◆◆
いま、旧友が47歳にして
はじめてインドネシアにひとり旅をしている。
インドネシアが “はじめて”なのではなく、
ひとりで海外に旅行する
ということ自体がはじめてということだ。
「ひとり旅をするやつなんて
友達のいない奴だとしか思えない」
と嘯いていた彼が、
この旅をするまでには
いろいろな用件が重なった。
そもそも、ひとりで行く予定ではなかったのだが、
偶然が重なり 期日も直前になり…開き直った感はある。
僕には 誰かれ構わず
ひとり旅を薦める性癖があるので、
結果、この旧友の旅をうれしく思っている。
たとえ、どこでも構わない
もちろん国内でも…なんなら
隣の県でも構わないので
ひとり旅を薦める。
月日は百代の過客にして、
行かふ年も又旅人也。
舟の上に生涯をうかべ、
馬の口とらえて老をむかふる物は、
日々旅にして旅をすみかとす。
…そういう意味では 人生、
そのものが旅だから
もう十分ともいえるのでありますが、
そぞろ神の物につきて心をくるはせ、
道祖神のまねきにあひて、
取るもの手につかず。
…という心持にならない
人がいるというのが
僕には信じられないのであります。
なにかブームが起きないと、
もう日本人はうちにこもる方向しかないのか
…と思ってしまいます。
ブームと言う意味では
沢木耕太郎 「深夜特急」
という本は若者を世界に向かわせた代表作。
それより以前となると
「なんでもみてやろう」小田実 です。

左翼の運動家でもあって
「人間の行動原理は
財産欲より性欲だ!」
なんてことを唱えるような人で、
彼が 僕の生まれた年に発表した作品が
「なんでもみてやろう」であります。
「深夜特急」がアジアを東から西に向かわせる
ブームなら「なんでも…」はベストセラーになり
若者をヨーロッパに向かわせるブームとなった本です。
この本が出版された時代は、
「知りたい 見てみたい 感じたい」
と自然に欲求が高まったのでしょうが、
知識としてなら 手に入らないものは
ほとんどない現代で
「聞くと見るとじゃ大違い」
ってことを叫んでも、
大きなお世話になってしまうのが
…なんともつまらないです。
…旧友から メールが入りました
「明日は いよいよ ジェゴク(民族音楽)を聴きに
…という段になり 原因不明の下痢と嘔吐に悩まされ
びびりましたが …寝たら治りましたひとり旅は奥が深い…」
帰国した彼から
みやげ話を聞くのが楽しみであります。
屁理屈礼賛
投稿日時:2011/05/05(木) 15:03ここ数年、このあたりまえのことに、こだわっている。
あたりまえすぎて、日常の行動に活かしずらい
そう、あまりに当たり前すぎて…。、
「これって意味あるの?」
こう自問することで
行動の取捨選択は分かりやすくなる。
何事も単純化できるかにかかっているのだ。
単純化できないことも多いし、
また、意味があろうがなかろうが
やらなきゃならないこともある
…むしろそんなことばかりだ。
がしかし、
ほんとうにそうだろうか?
「意味がないように感じたのなら
あるようにする術はないのか?」
こう考えてから“はじめること” “ことを起すこと”に
こだわっている時間には…意味がある。
こだわってみて
それでも うーん 無意味だ…と思うなら
思い切ってやらない
そちらが正しい。
まあ それくらいちっちゃなことに、
こだわるだけでも、意外に日常の無駄は解消できる。
ここ数年そういう意味ではいろいろスリムになった。
今までが、いかに適当になんとなく
「昨日の次が今日で 明日は今日の先にある」
という緩やかな怠惰のもとで
生きていたのかと思えたりする。
…なんと理屈っぽい(笑)
GWに帰省してわが実弟と話すと…
嗚呼!もんや兄弟の
なんと理屈の多いことか。
弟の嫁さんのまた始まった…
という横顔を見るにつけ、
嗚呼! 確かに
われわれ兄弟の会話の理屈の多いことか。
そもそも父親のせいには違いない。
物ごころつくぐらいから
理屈の中で暮していた気がする。
もういま思い返すと それは屁理屈だろう…
というようなことも
理屈となって、刷り込まれていた。
「お誕生日おめでとう 今夜は豚の丸焼きを食べよう」
「?? …これって 豚の丸焼きなの?」
「そうだよ 美味しいだろう」
「美味しいけど この 細長いのはなに?」
「それは 豚のおちんちんだよ」
「ええっ! おちんちんなの?… こっちは?」
「それは足に決まっているじゃないか?」
「ええっ!? 豚は足よりおちんちんの方が 長いの?」
「そうだよ」
それはただの鳥の丸焼きであり、
その長細い部位は、おちんちんなどではなく
ただの“首”なのですが、
小学校をあがるまで
僕は あの長いものを
豚のおちんちんだと信じていた。
中学になり
「父さん 嘘をついたね
あれはただの鳥肉じゃないか!?」
と、父親に指摘すると、
「すぐ答えが分かるのは、冗談であり、
分からないのが 嘘である。
それがわからないのは、長男よ
お前が未熟なだけなんだ。
わたしは単なる冗談を言ったまでで、
嘘などついていない」
と怒られた。
完全に 屁理屈である。
ちなみに、この歳になる今でも
クリスマスに七面鳥の丸焼きなどを見ると
一瞬、長い首がおちんちんに思えてしまう。
「どうして シェーンはどこかに行っちゃうの?
悪者をやっつけたんだから
いっしょに暮せばいいじゃん?」
「シェーンにはあの山のむこうに家族がいるんだよ。
だからそこに帰んなきゃならないのさ」
「ええっ~!? 家族がいるの?
ふーん。でもさあ、家族がいるのに
この女の人を助けたの…なんかへんなの?」
「じゃあ 助けない方がよかったと思うのか?」
「そうは思わないけど…
可哀想じゃん いなくなったらさあ」
「シェーンはもう死んでいるんだよ あの馬の上で…
ほら 手をだらんと伸ばしてただろ 」
「ええっ!!
死んでいるの!?
死んでいるのに…??」
「それでも帰るんだよわが家に男だから
この西部劇は 男はわが家が一番って話しなんだよ」
翌日 学校で担任の先生と
お弁当食べながら シェーンの話しになった。
「シェーンは家に残した奥さんのもとに帰るんだよ」
というと…訳が分からないという顔になり?
「それは 間違いだと思うよ。
シェーンは自分がいてはいけないと決めて
その信じる心に従っただけだよ」
と言われたので
帰ってその話を父親にすると
「おまえの担任は独身だからな。
まだ わからないんだよ。
男はとにかくわが家に帰る
撃たれても なんでも
死んでも帰る。
そういうもんだ」
こうなると これはもう屁理屈ですらなく
単なる曲解の押しつけでしかなく、
いいのかそういう教育で
…といえなくもないのだが、
…「撃たれても帰る」って
なんだかかっこいいなあ
…と思わないでもなく
そうやって僕の価値観は出来あがっていった。
なんにしても
「理屈を語ることは大切で
そこに本質が見えてくる」
こういうことを小さいころから
なんだか毎日していた。
学生時代
映画が三度の飯より…
の類の先輩と映画談議に。
「シェーンのラスト さあ
…どこがラストシーンか覚えてるか?」
と先輩。
友人A
「シェーンカンバック~でしょ
草原を去るシーン 有名じゃないですか」
友人B
「違う 違う 甘いね…
その後 馬が駆け上がる山の上のシーン
あそこがラストだよ 」
そして先輩
「駆け上がった 山の向こう側に
遠くの方に墓地が見える
その墓地は シェーンが今まで
ガンマンとして葬った数々の悪人が眠っている
そんな墓地が ちらっと映るんだよ …」
A B
「ええっ~ そうなんですか?」
「そうそう もうあの時点でシェーンは死んでいるからね。
そういうことも墓地で示唆したんだよね」
AB 「へえ~」
映画好きには有名なエピソード
「シェーンのラスト」僕は知っていた。
尾ひれがついた伝説のようなもの。
ラストの去り際があまりに美しいがゆえに
こういうエピソードがついたのですが、
でも、その時 僕は思い出していた。
「あの山の向こうにあるのは
墓地じゃないんです…
あれはシェーンのわが家、
そこに家族が待っているんですよ」
先輩
「?? なんじゃそれ 」
「あの映画は 男は撃たれても家に帰る
そういうもんだ
愛する女が出来てしまっても
自分を待つ家族のもとに帰らなきゃ…
ってそういう話しなんです」
先輩
「そうなのか? そうなんだ
…へえ~」
すぐわかるのが冗談
わからないのが嘘なら…
これはもう嘘の部類に違いないが
そう感じることが本質であれば
それでよいのだろう。
家族がいるのに
ほかの女性に惚れてしまい
苦労している男性はこの世に多いとは思うが、
昔見た映画を見直して観ると言うのも手である。
苦労していないならどうでもよいが… 。
理屈好きの父親は
齢七十九にして健在であります。
「たかし(弟の名)が買った
あの 四角い やつはなんて言ったかなあ?」
「あい ぱっど だよ 最新のモデルだね」
「あ い ぱっど
…ふーん 何度聞いても覚えんなあ~
2ってことは3も4も出るってことだな 」
「最近は、そういう商売が主流だからね。
いったん入り込むと その商品から抜けられないような仕組み
…でも、僕は本屋をさ迷うのが趣味だから、
あれで本を読む気にはなれないなあ 」
「それはおまえの理屈だろ。
4とかになれば、さ迷いたくなるかもしれない。
よいわるいじゃなくて
そうなるってことでしかないよ」
「そうなんだろうけど…」
「いまは読める本の数も少ないんだろうけど
…それは今だけのことで
いまにああいう機械で本を読むことが
普通になるだけのことさ 」
「あの中の本屋でさ迷うのはどうも抵抗がある」
「…とにかくそうなる
文句を言っても仕方ない
世の中は便利な方に流れるしかないんだから」
「便利で失うこともある」
「だから失うと感じるのは
お前の理屈で…
そういう理屈はこねていても仕方がない
4を手に取る人の問題 」
いい歳をした息子が
もっといい歳をした父親に
諭される内容としては
あまりに当たり前すぎる会話ですが、
こういう会話がもんや家の会話であり
こういう会話も 親孝行なのだと
あえて、してしまう 。
そして こういう会話は
いつかなにかを考えるヒントになる。
口にしないでわかった顔をしていることでも、
誰かと話してみると 自分がほんとうは
どう感じているのか
相手はどう感じているのか
その根っこが分かる。
その根っこは本質で
…いつかなにかの役にたつ。
近い将来、僕に
“iPAD4”のセールスプロモーションの
依頼が来るかもしれない
…どうやったら高齢者が手に取るか
なんて話が…
そう言う時に 役に立つ
…くればの話だ(笑)
もし来ても断ると思うが
…くればの話だ(笑)
◆◆◆
村のお寺の「茅葺屋根造り」に駆り出された。
正確には 母が出ることになっていたのだが、
母の日に孝行も出来ないから…と自ら買って出た
(結局 母親も参加して孝行もへったくれもなくなったのだが)
朝の8時から午後の4時近くまで
休憩をはさみながら…大量の茅と格闘した。
こんなに小さな寺の門にこんな大量の茅が乗るのか…
ってくらいの量であります。

村の各組から当番が参加しての作業
僕と母以外はみんなおっさんやおじいさん
若きおっさま(ご住職)も参加した
…茅葺屋根造りははじめての人ばかり、
それでも畑仕事で何十年も生きてきたおっさん達は逞しい
段取りもよく動きも軽快。
負けてたまるかと ひたすら茅を運び
束ね ザクザクと切り また運ぶ …
体中がぐわぐわになった。
ザクザク切る道具は、昔からあるデカイ包丁
(名前を聞いたが忘れてしまった)
村の○○さんの家に眠っていたのを借りてきたらしい。

田舎は神仏一体の文化 お盆はお寺、
お祭りはお宮さん(神社)、
正月はお寺とお宮さん、
日々の暮らしや行事も
お寺とお宮さんは密接に関わっている。
とくにお墓のあるお寺の行事となると
村の結束は高い。
こんな小さな門で
こんなに大変なんだから
白川郷は…ありえない
などと思う
「見るとやるとじゃ違うねェ~」
とおっさんの声に、確かに…
とヘロヘロになりながら頷き、
茅と格闘した。
門の屋根に竹で土台を汲み
その上にまず“葦”を敷く
そして大量の茅の束を隙間なく
みっしりと積み上げてゆくらしい。
でもわれわれ素人の作業は
その茅の束を作るところまで
あとは任せることとなり、作業終了。
最後に記念撮影に混じった。
夏の帰省では完成している姿が見られる。
楽しみであります。
はじめに 意味があるかどうかはわからず
参加してみたが やり終えた今は
「意味があった」と思える。
こういうこともある。
考える前に動いたからといって
時間を無駄にしたわけではい。
一生懸命に それだけで意味があるということなのでしょう。
…久しく忘れていた。
(寺門と若きおっさま)

あなたなら どうする?
投稿日時:2011/04/17(日) 20:26WOWOWで「マウンテンゴリラ驚きの帝国」を観ていて、
ふいに思いだした。
……誰かに似ている。
ウホウホいいながら
張り出した胸板をボコボコ叩くこの姿
…うーん?
…………
あっ!!
あのオバハンだ!
あのオバハン
…そういえば最近、見かけない。
どちらかと言わなくても
出来れば見かけたくない相手であって
記憶の奥に封印していたのに、
「マウンテンゴリラ驚きの帝国」のせいで
その記憶が蘇ってしまった。
なにしろ狭い一方通行を
真っ黒い大きなワンボックスカーに乗って
逆走してくるオバハンなのだ。
我が家からダイエーに抜ける近道
わき道から片側2車線の幹線道路をつなぐ
10メートルほどの路地、
この路地は幅員が狭い上に、
両側に住宅が建っていて、
誠に見通しが悪く以前は事故が多発していたようで、
幹線道路からは、時間制限で一方通行になる。
オバハンとの出会いはこの路地でした。
こちらがカーブミラーで確認し、
幹線道路に抜けようと、
路地に進入した途端に、
勢いよく曲がりこんできた
巨大な黒い塊が目の前に現れた。
しかもいわゆる “大回り” というヤツで、
狭い道のど真ん中に入り込んできた。
あちゃあ~
お互いの車間距離は2メートルもなく、
すり抜けようにもどうにもならない。
運転席を見上げるとオバハンである。
クラクションもはばかられ
しばし待つも 動く気配はない。
すり抜けるにはどちらかが
いったん下がるしかなく、
このオバハンにその意志が
微塵もないことはすぐに分かった。
なんと僕に向かって
クラクションを鳴らし始めたのである。
そしてハンドルの前で片手を振るのだ。
どいて どいて …と。
なにい~!
である。
しかし、こういうオバハンに理屈は通じない、
ここは黙って、こちらが身を引こうと
…後ろを確認すると…!?
あちゃ~
新たに路地に進入してきた車が、
僕の車の後ろに付いてしまったではないか!
これは困った。
……仕方がないので
車から降りてオバハンと立ち向かうことにする。
「あのですね もしもし コンコン 」
うぃーん ウインドが少し下がる
睨みつけてくるオバハン
「あのですね ここは一方通行なんですよこの時間」
「はあ?」
「だからそっちからは入ってきちゃいけないんです」
「はあ? なにを言ってるの
いつも曲がってるわよワタシ」
「いつも曲がってきちゃいけないんですヨ」
「バカにしないでヨ あなたが悪いんでしょ
早くどいてヨ 通れないじゃない」
カチン!
人間は困難に直面した時ほど冷静になれ
よく考えろこのオバハンにバックはできるのか?
幹線道路は車がびゅんびゅん走っている
仮に前向きであったとしても
そろりそろりと進み
前に乗り出して確認しないと曲がれない合流だ
この巨大なワンボックスでバック
そしてこのオバハンの説得…
無理だ あり得ない
… よし俺は冷静だ
くるりと踵を返し 僕の後ろ
(結局その後ろにももう一台車が来ていた)
の車に近寄ると
「すいません 前の車は行ってきちゃったようで
にっちもさっちもで…
下がってもらえます?」
そしてもう1台にも同じことを伝え、
順繰りに下がる
下がり終えるやいなや
オバハンは車を発進させ
悠然と去って行った。
その横顔は
ふん まったく 冗談じゃないわ
という顔であったことは…
そう 想像に難くない。
…そして そして そして
この事件は まったく同様にして
その2週間後に 再び
繰り返されるのでありました。
あれから 路地を曲がることに
細心の注意を払うことと
なってしまった僕でありました。
…が、それでも悪夢は繰り返された。
カーブミラーを確認、
よし!と勢いよく曲がりこみ
あと3メートルで幹線道路というその瞬間!!
ぐわあッという感じで目の前に
あの巨大な黒い塊が現れた!
キキーィ~
まさに急ブレーキ
向こうも
グワンッてかんじで
鼻先で停まる。
でたあ!! あのオバハンだ。
…と気づいたその瞬間
プワップワッ~♪
とクラクションが鳴らされた。
僕がではなく
僕に…であります。
見ればオバハン
この前にも増してすごい顔で睨んでいる。
いまここにある危機
困難は人を成長させる
乗り越えられない試練はない
…もたもたしてはいられない
「おばさん この前も言いましたが
ここは いっぽうつうこう!!
なんです!」
… …よし 言ってやった!
「はあ? あなた誰?
この前ってなに? なに言ってんの?
早くどいてよ ほらほら」
…ほんとか>・・-^¥
覚えてないのか? …。」
;「^ 不覚にも もんや言葉を失う…
「ほらほら
車はいってきちゃったじゃない? 」
あっ! あちゃ~ また僕の後ろに
あっ!また …あれよあれよ
あっ! …僕が入り込んだ距離が長いため
今度は後ろに3台も付いてしまった
「まったくどうすんのよ!
冗談じゃないわ!!」
考えろ 考えろ…
3台にバックを交渉 オバハンを説得…
この距離なら…
「僕が後ろを見ますから
下がってもらえますか?」
「はあ? 冗談じゃないわヨ
なんでワタシが下がらなきゃならないの
早くどいてよ」
そのあたりから後ろの車から
クラクションが鳴る!
おいおい!!早くしろよ♪
「じゃあ 僕が運転しますから
後ろ見てもらえますか?
…いや いいです
とにかく降りてください」
♪♪ クラクション ♪クラクション♪♪
さすがにこのままでは埒があかないと思ったのか
オバハン 車を降りた。
しかし、このオバハンの誘導でバック?
…あり得ない
…ちょっとこのままでと言い残すや
後ろの車に駆け寄る 運転手は若い男
「すいません あの車下がらせるんで
ちょっと後ろ見てもらえます?」
そうして、どうにかこうにか
幹線道路脇に巨大なワンボックス車を止め
…路地を平常に戻した。
しかし、このままでは、このオバハン、
またすぐ路地に入り込みかねないし、
何よりまたいつか同じ状況に遭遇するのはご勘弁だし
…で、きっちり分かっていただこう…
とオバハンに向かう。
「ここは この時間
入ってきちゃいけないんです 」
面と向かえば大人しくなるかと
おもいきや…
「知らないわよ いつも この道だし」
と言うやいなや
もうことは済んだとばかりに、車に乗り込み、
そして そして そして
そのまま
また件の路地を曲がって行ってしまった。
ちなみにこのオバハン
背丈は140cm くらい
しかし横幅と胸の厚さが半端ではない
その上に 黒いボワボワのセーターを
モコモコ着ている
髪は脱色ような金髪のショート
声は高くで大きい
足元はサンダルにこちらもモコモコの靴下
一度見たら忘れない印象を残す。
それからほどなくして、
この路地周辺の土地が分譲され、
少し拡張されて見通しがよくなったことと並行して
一方通行が解除されたことで、
あの恐怖の再来からは解放された。
なぜか、あの巨大なワンボックスを
見かけることもなくなった。
…しかし、2度あることの3度目は
意外な場所 ダイエーのレジ前でした。
僕の前のお客が
レジ打ちのお姉さんと揉めている。
「だから 2000円超えたら要らないわよ
他は戻してって言ったじゃない!!」
「はあ?
なにをおやめになりますか?」
「だから
なにとなんならちょうど2000円になるのか
言わなきゃわかんないわよ!」
…分かりにくいので解説をすると、
この客は欲しいものを適当に買い物かごに
突っ込んでレジへとやってきた
そして支払いの段になって
はじめて財布に2000円しかにことに気がついた
そこで2000円分だけ買い物するので
後は戻すと言うのだが
品物の優先順位が分からないから
レジのお姉さんは困っている
…とこういう状況なのであります。
そして このお客が小柄なのに
上半身が異常に大きい
ベリーショートの金髪の
サンダル履きの
黒いモコモコセーターの
…あの
あのあのオバハンであることに気付いた僕は
…なにも言わず その場を去り
別のレジに並び直したのであります。
勇気ある決断と
人は僕を
いや
僕が僕を讃えたことは言うまでもない。
◆◆◆
朝からまた地震です。
震源地は栃木…
こういうのも余震と言うのか。
花散らしの強い風が吹く前に
近所の公園に お花見にゆきました。
デイケアーの催しなのか
老人ホームの遠足なのか
車いすのお年寄りたちがたくさん
満開の桜を楽しんでいました。
あのオバハンもいつかは毒気が抜けて
あんな風になるのかなあ…と
思い出したついでに
想像してみるのでした。

近況報告
投稿日時:2011/03/29(火) 18:40とはいっても、1時間ずっと浴びているわけではない。
ものの1分…となると、106.7マイクロシーベルト。
年に3回ほどは受けているから300強マイクロシーベルト…
ミリに直せば…0.3と少々…
日本人の年間被ばく限度は1ミリシーベルトで、
福島第一原発の直近、3日間の累積放射線量が、
1.3~2.8ミリシーベルトかあ~
屋内への退避基準は、50ミリシーベルト、
30km圏内……北約45kmの相馬市は、
2日間で0.077ミリシーベルト
…180掛けると……うーん……。
こんなことを考えながら名前が呼ばれるのを待っていた。
地震の当日、我が家は夜中まで停電した。
寒いので、火鉢を引っ張り出した。
炭は2年前に長野の農家で買ったものの、
雑庫に放り込んであった。
真っ暗な部屋の中で、ずっと、炭を起して火を見つめていた。
あとは、蝋燭3本を灯しラジオを聴いていた。
10年ほど前、モロッコでのひとり旅の最中で知り合って以来、
たまの便りを重ねる仲となったTさんと連絡が取れない。
なんとなく思い出し、年賀状を引っ張り出したら…
住所は宮城の安城市であった。
メールを入れてみたが返信はない。
わたし程度の関係で、伝言板にあげるのも迷惑なのだろう…
でも心配である。
元気であってほしい。
石原地知事の、「天罰発言」はその前後の発言の脈絡の意味を、
きっちり報道して欲しいと思った。
あれでは、真意が伝わらない。
有事の際に公人が、自分の本音を自分の言葉で言える
ということはすごいことで。
その内容の、不謹慎と不見識の違いは、
より正確でなければならないと思う。
今回の震災で、平時の際に見えてこない本質が、
いろいろと浮き彫りになっている。
人の在り方と同じですね。
その本質は、大変な時にこそ見えてくる。
分からないのは、見ていないから。
しんどい時こそ、地は出てしまう。
腹が立つことも多いが、発見もある。
求められていることは、
自分自身の心の中をみつめること。
文句を言うのは簡単だ。
ブログ書く気がおきず…
まぁ、わたしの私事などどうでもよいだろう
と思っていたら
「ブログがあがらないので心配しています」
とメールをいただいてしまった。
恐縮であります。
予定通り、2月の頭に抗がん剤を入れました。
●ひと山目の「副作用」
前回、胃に激痛が続き、白血球が異常に下がり、
年末年始をつぶしてしまったのでビビっていたのですが、
今回はそれほどのこともなかったです。
一番の山でありました投薬後1週間のタイミングでも、
胃は痛むものの激痛というほどのものでもなく、
白血球も下がりはしたものの、
徐々に回復してくれて、ありがたいことです。
今回の投薬では、「補助薬品」の効果を実感しました。
たとえば “吐き気止め”、
これは、点滴で抗がん剤の前に入れるのですが、
この効果は大したもので、
15年前のはじめて…を思えば夢のような進化です。
肝心の抗がん剤も進んではいるものの、
その歩みの違いは歴然で、ぐだぐたになったあの日は昔です。
もちろんすべての気持ち悪さを取り去るわけではありませんが、
それでもかなり楽に投薬することができました。
聞けば、
「そうなんです。こういう薬は、どんどん良いものが出てきて…」
と看護師さん。
QCという意味では素晴らしいことです。
●ふた山目「効果」
投薬直前のマーカー値は
「66000(前回のブログ時点からまたあがっていたのです)」
~投薬後、6日目の検査で「49000」
それから5日後には「40000」
さらに1週間後には、「33000」
と徐々にですが順調に下がりました。
もう効かないかもしれないと、
内心では臆病になっていた自分がいたので、
この効果には素直にほっとしました。
●そしてみっつ目の山
「効果の持続」です。
本日、3月28日(投薬後、1か月と11日)現在「42000」…
……やはりというか、またあがってきています。
甘くはありません。
せめて、1万くらいには、落ちて欲しかった。
また同じくあがり始めることが歴然としている以上、
始まりがどのレベルからなのかは、
そのまま現実生活に直結しますから……。
本音は 「キツイなあ~」です。
さて、ここまでを、口笛吹きつつ、
軽妙な語り口で…と、報告したかったのですがそうもいきません。
…それは、効果が持続せずに
がっかりしているせいではありません。
世の中を思えば、軽口は叩けない
…そういうことで、僕自身が暗く落ち込んでいるわけではないので、
ご心配なさらずに。
津波が去って、見に行ったら家がなかった!?
…この絶望感に比べれば …屁
…失礼
…屁 …みたいなもんです。
42000…基準値(13.4)の3000倍の濃度が検出されました。
ちなみに単には“ng/ml”です。
付近の住民の皆さんは速やかに…
基準はあくまで基準。
なにをもっての基準なのか?
人によってその症状はさまざま
…聞けばマーカー値二桁でも、
ボロボロな人もいる。
僕は勇者ではない
でも、逃げるわけにはいけない。
(ペイルライダー 名もなき人の台詞)
比べること自体、不謹慎ですが、
がんばりどころは人それぞれ、
まずは自分の回りからです。
次回から どうでももんや節 口調は復活するでしょう。
※などと言っていましたら、
キーボードがまったく反応しなくなっちまいました。
後半は、スクリーンキーボードでひと文字ひと文字打ちました。

………サポートセンターのお兄さん曰く
「機械的な故障ですね。工場に引き取らせて頂くことになります」
…だそうです。
いつわが手元に復活するのかは
…未定だそうです。
だから次回は未定です。
「…もんやブログあがらないけど…だいじょうぶなの?」
「もんやはだいじょうぶだけど、
パソコンが三途の河原さ迷っているらしいよ」
という感じでお願いします。
神様は、乗り越えられる試練しか与えないぞ。
…もう試練はお腹いっぱいです。
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