紋谷のソコヂカラ

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紋谷塾[紋谷のソコヂカラ]

投稿日時:2010/03/01(Mon) 16:17

父、母ともに学校の先生という家庭に生まれました。



友達30人いれば、そのうち1人は…
「両親ともに、教師なんだよね」…
あまり珍しくもないのでしょうが。

昭和30年代後半から40年代が僕の思春期(笑)。

田舎町のことで、どこに行っても
「もんや先生の息子さんかぇ」と見られるから、
どこに行っても、もんや先生の “息子さんらしく” 
していなくてはならない。

…別に「ならなくてはいけない」
わけではないのだけれど、
本人はそういうプレッシャーを感じていた。

小学校の家庭科の授業で、担当の先生がお休みで、
代理で母が教壇に立ったときはしんどかった。
こういうことはあってはならないと、思った。

町内の小学校が集まっての水泳大会、
200mのクロール競泳、スタートの飛び込み台から、
別の小学校の代表を引率している
父の姿を見た時は、体が硬くなった。
結果の惨敗は…ハズかしさばかり残った。

中学の写生大会で、どうみても友の作品の方がよく描けていたが、
僕の絵が入賞してしまった時…
美術の先生が父と仲が良いことで、勘ぐってしまった。

高校は、町を離れた新設校…しかしここでも、
「オマエの父さんは足が速かったんだよ」と
陸上部の教師に言われた時は…まだ
“らしく” あらねばならないのかと  ため息をついた。

直接、話した訳ではないが、
学年が3つ下の弟は、“こういうこと”で、
同級生にからかわれることがしばしばあったようで、
将来、「教師にはならない」と
早々に進路を決めたらしい。

自分に関して今にして思えば、
思春期のこういうプレッシャーは悪いものではないし、
プレッシャーがあったからこそ
出来上がった僕の人格…嫌いでない。

面と向かいはしないが、
両親はどこかで「同じ道」を求めていたと思う。

僕自身も、“自分に向いているのでは?”と
どこかで感じてもいたのですが、、
専門分野を極めて、それを他人に教え、導く…
ということ、特にそれが学校という職場で、
子供たち相手…となると、
まだ自分こそがなにものでもない子供なのに、
「教壇という一段高い場所に立っていいものか?」
と考えてしまった。

頭もなく、勤勉でもなかったことは言わずもがなで、
教職課程はとったものの…結局
「教師の道」は選ばなかった。

職業=教師ではなかったが、いくつかの職場を経て、
けっこうな歳になり、人を管理(やな言葉なので訂正)
…上司などと呼ばれ始めると必然、
「他人を教え導く」ことになる。

なんだ、結局…そういうことか。 
職業はどうでも、歳を重ねていれば、
若輩に何かを伝えることになる。

すこし、偉そうにいえば、
それが「先に生まれたものが唯一出来ること」
ではないかと思う、
そうではないと先に生まれた意味はない。

算数は教えられないが、PLとBSは説明できるし、、
ユーラシア大陸の明確な境界線は知らないが、
キプチャク草原の遊牧民の暮らしは説明できる。

人に聞いた話でも、米共和党の現在のスタンスは、
なんとなくは分かる、…が、
歴代の大統領の名前を列挙は出来ない。

憲法十五条を諳んじることは出来ないが、
在外邦人の選挙権裁判を傍聴した話し…は、出来る。

もっといえば、石垣島のキャバクラに集まる
「ないちゃー娘の心情」について1000ワードにまとめろ…
と言われれば出来る、
…だれも言わないだろうが。


根津にある、お花屋さんに関わって、
もう1年半ほどになる。

もともとは、お見舞いに来てくれた同社の社長に頼まれ、
退院したら手伝いましょうということから始まった。

お花屋さんと言うと、“お店”を想像するが、
彼の会社は店舗経営だけでなく 
温室で管理した観葉植物を一般の会社に
レンタルしてメンテナンスしたり、
植栽やガーデニングまでも行う。
ネットで花束の注文も受ければ、
会社の表玄関に鎮座する
クリスマスツリーも施工する。

創業から10年、今までは彼(社長)が引っ張ってきたが、
これからは新しいリーダーを育ててゆきたい。

…そんな理由で頼まれ、月に2回、
各部署から人選した10名弱を対象に、
会議室で塾を開いている。

塾の名は…「紋谷塾」 

ずいぶんと偉そうなのですが、
僕が命名したのではない。

大きなポイントは
「典型的な労働集約型、内向きな仕事のスタイルからの脱却」

さっぱりと言いきると、
「花と植物は育てられるが、人に対してはからっきし…」
そんな集団に活を入れる仕事。

まことに真面目で素直でよい子たちに、
「おい それじゃ駄目」と叱る、
なんだか嫌な役目ともいえる。

部署のひとつ「園芸部」などは、
一日中配送の仕事をしている…トラックで二人…
納品とメンテナンス…
この日常に、なにが出来るのか?

「制作部」はネットなどで受けた、花束の制作に明け暮れ、
時に、納品した先へのメンテナンスに出かける…
この日常に、何ができるのか?

まずは、各位部署、各人の仕事の内容と会社への意識について、
いろいろな方法でアプローチしてみた。

たとえば、

「先日、根津に越してきた、おっさん」と題し、
道で彼と会って立ち話しとなった。

あなたはこの会社の社員として、
そのおっさんには“どんな商売のニーズがあるのか
”会話から引き出してみて欲しい”。

その上で、改めて、会社の商品やサービスを提案すること。

そういうプログラム。

おっさんには、個人の趣味にはじまり、自宅の環境、
奥さんの仕事、自身の会社の業務内容や規模…など、
引き出し方によっては、
会社の商品やサービスとリンクするニーズが
どんどん出てくるように、
事前にプロフィールを用意してある。

おっさんの役は僕が引き受け、
僕は聞かれたことにしか答えない。

つまり、引き出しが甘ければ、出てくる情報は少なく、
また、どこまでイメージできるか次第で、
その中身は広がるという仕掛けだ。

ヒアリングは2人ひと組…
部署の違う相手と組ませる。 

ワークをさせ、提案はみんなの前で…共有し検証する。

ポイントは「答え探しにならないように」

「その日の新聞から、会社の事業に関係する事件をピックアップし…
 当事者、マスコミ、自分の会社、そのへんお主婦…
 などさまざまな視点で見たら、この記事はどう感じるか?」

なんてこともやった。

固定のプログラムは、各人の2週間(月に2度なので)は、
毎回、事細かにレポートさせ発表させる。

日々の仕事の中に、すべての答えはある…からそこは念入りに。

1回の時間で、必ず宿題を課す。約束事もする。

次回、出来ていないことには、特に注力を注ぎ、
その原因を自覚させ、改善の手法を伝える。

特に、部下への関わり、業務改善はもちろん 
新たな「仕掛け」への意欲や着手につながることは
拾っていこうという主旨で。

僕自身、学生時代、造園会社でバイトしていたこともあり、
配送の経験も少しあったり、母の影響で“花”は好きで…と
まあ、その程度のことで、
彼らの仕事の細かい部分(知識やスキル)…
を直接教えることは出来ないし、
餅やは餅や…でそのあたりは僕の範疇ではない。

1年が過ぎ、痛感していることはたくさんある。 
もちろん反省ばかりなのですが、
それでも彼ら彼女ら相手に真剣に関わることは、楽しい。
僕が楽しくても、彼ら彼女らの成長になっていなければ、
意味はないが、まあ少しは
貢献しているのかなあ…と思う。

へりくだっているようだが、正直な感想。 

そうそう簡単に人は変わらない。
変わることを信じなければ、
出来ないということも真理ですが。


今年度、はじめて新卒採用を行うことになり、
最終の面接もいくつか担当させていただいた。

泣かせてしまうようなこともあった。 
たとえ不採用になろうとも、
何かお土産を持たせてあげたくて、
真剣に対峙してしまう。

2年目を迎え、「塾生」も何人か入れ替わった。 
あえて持ちあげることでもないが、
社長の「進もうとする意志」が好きだ。


「三つ子の魂百まで」「スズメ百まで踊り忘れず」

思えば、父や母の時代は、職業の選択は…出来なかった。
転職なんて、ありえない考え方だった。

公務員にしては、言わずもがな。

そもそもは、教師という職業を「好きや嫌い」で
選んでいなかったのかもしれない。
(聞いたことがないのでわからないが)

それでも、「人に教える以上、自らが範となれ」
という生き方であったであろうし、
それを子供に課すのは当たり前のこと。

僕や弟が、勝手に感じていたプレッシャーとは
次元が違う話しだ。

魂や踊りを明確に習った覚えはないが、
日々の生活の中での在り方は、教わっていて、
子供と言うのはいくつになっても、
その教えから抜け出せぬものなのだと思う。

歳を重ねれば「誰もが教師」
のようなことを言ったが、
僕の場合は、とくにそういうことが苦手ではないらしい。

結果は置いておいたとしても、
好きこそ…であり、そういう性癖は、
やはり受け継いだものとしか思えない。

それでも、僕のような大人は、
教師ではなく塾長なのでしょう。

教育委員会や指導要綱などは 
くそくらェと嘯き、
表面だけのパワハラな親御さんには説教をして、
無能教師の烙印で放逐…
そういうことになっていた気がしますから。

旅になにを求めるのか[紋谷のソコヂカラ]

投稿日時:2010/02/19(Fri) 18:41

今までいろいろなところに旅をして、
振り返ると、1度で十分と思う場所もあれば、
もう一度来たいなあ…と思える場所もありました。

中には、住みたいなあ…とまで
惚れ込んでしまう場所もある。

ただ、まだまだ行きたい場所、行けてない場所は、
数多く残っていて、人生、限られているし、
旅ばかりしているわけにもゆかないことも考え合わせると、
“初めての場所”にチャレンジしたい思いが、
一番強いのが本音のところです。

ちなみに、海外で恋焦がれている場所は、ギアナ高地。

べネゼエラの首都、カラカスから飛行機を2度乗り継ぎ、
カナイマへ、そこからボートと徒歩で4時間、
さらにジャングルに分け入り1時間…

その先にある「世界一高い滝-エンジェル・フォール」。
現地の部族の言葉、ぺモン語で「アウヤン・テプイ」
(悪魔の山)と名付けられた霊峰から、
この滝は流れ落ちていて、植物さえ生えていない
赤黒い岩肌の頂上から降り注ぐ…
その高さ2000メートル。

水源は、山頂に降った雨で、落差がありすぎて、
落下途中で水が拡散して滝つぼがない…と、
こんな滝にぜひとも出会いたいと思っている。

ちなみに僕は、いわゆる世界遺産的なものに
あまり興味がない。

旅の途中に、寄ることはあっても
「そこを目指しての旅」というわけではなかった。

世界規模で残すべき “遺産(この意味が今ひとつ分からないのだが)”
と認定されているということはすごいことだとは思うのですが、
そんなことより、インドの汚い木賃宿で、
街の雑踏の中に身を置き、そこに暮らす人々を日がな眺めていたり、
ガイドブックに載っていない、フランスの田舎町を自転車で
ふらふらしたりしている方が、性に合っていた。

特に「ボーダーな場所」に強く惹かれていて、国境の町、
異文化が混じり合うなんとも言えない空気の感じが大好物でした。

島国に生まれたせいもあるのかもしれません。

振り返れば、日本(笑)…なんだ、まだまだ知らないではないか。

いつ叶うのかもわからない、でっかい滝への旅は、
ひとまず目標に置き、その前に、身近な日本を少し探訪してみよう。
最近、そんな思いが強くなってきていました。

日本で未だ行ったことがなく、惹かれている場所と言えば、
島根、鳥取の山陰エリア、和歌山と三重、
そして青森と鹿児島であります。

はじめのふたつは、いわゆる大動脈から外れていることもあり、
なかなか訪れる機会がなく、本州の最両端エリアもさずがに
行こうと思う計画を立てないといけない場所。
海外ならばボーダー好き、島国日本では
替って「端っこ」「隅っこ」が好きということみたいです。

そういえば昔から飲み会の席も隅が好き…性格なのでしょう(笑)

そんな折に、仕事で関西に行くことになった。
日程は僕任せということもあり、こういうチャンスは逃す手はない…
同行するライターの両名に話を持ちかけ、
山陰エリアへ足を延ばすことにした。

おっさん3人旅。

ひとりは、以前も紹介した
「旅のおもしろコラムニストの宮田氏」
もうひとりは
「うちにお掃除に来ていただいていることで有名?な篠塚氏」

ちなみに篠塚氏は、情報誌の取材などで日本全国を旅しているうえに、
軽い“鉄”でもあります。
日程と宿の手配は彼任せ。

宮田氏は、仕事で四国お遍路の取材を終えたばかり、
篠塚氏は確定申告と引っ越しに忙殺されている最中、
忙しい合間を縫っての旅、
それでもせっかくの旅ですから
なにかおもしろい仕掛けを…となり、意気投合。

宮田氏から
「次は、“迷路な温泉”のコラムを書くつもりなので、
 旅館はそういう場所を」との提案があり、
鳥取、島根の宿を選定。

僕からは、まず姫路城の下で集合しましょう。
そこで別れて、お互い好きなところを巡り、
翌日、鳥取の温泉で集合、
翌朝また別れ、お互い別々に…で、
夜にまた島根の宿で集合…と提案。

旅慣れた上に、わがままなおっさん連中、
「よかろう」となり、そんな珍妙さが持ち味の企画。

…ついでに変わった石を拾って見せ合う…
なんてことも追加される始末に…
ヘンでしょう(笑)

こういうことを楽しめる面子と旅行できるなんてことは、
なかなかありません。

この旅の模様は、後日、宮田氏で紹介されることでしょうから、
詳細は…そちらをぜひご覧ください。

“僕の”旅だけに限れば、かなり充実した旅となりました。

まずは、初の姫路城、世界遺産に興味は…と言いましたが、
いやあ、よい城でござった。

スケールもさることながら、デザインがモダンなのです。
旅の途中、松江城にも訪れたのですが、
比較すると申し訳ないくらい…

よきかな よきかな 白鷺の城。



今年、天守閣の改修工事に入るらしく、
その前に観ることができたのは誠にラッキーと思える城でした。

姫路から山陰へのルートはさまざまあり、迷いました。

実は、山陰に行きたいと思っていた理由のひとつは
「餘部の鉄橋」これが観たかった。

…その意味では、兵庫県を北上し、城崎温泉を経て、
山陰本線を西に…
というルートなのですが、なにぶん遠い。

せっかくの姫路でしたので、
少し、西にある「竜野」にも寄りたく…
迷った末(餘部鉄橋は今年、秋までは観られるという情報もあり)、
北上ルートは断念して、
倉吉まで一挙に行ってしまおうと決めました。

このあたりは、3人それぞれ、
自分が好きに出来るというところがよいのです。

竜野は、寅さんのロケ地ということで知っていましたが、
祭りの武者行列、童謡「赤とんぼ」、
宮本武蔵の修行の地…とかいろいろ有名で、
ほっこりとした風情と歴史を感じる町、
カメラ片手にひとり散策にはもってこいでした。



その意味では、翌日の倉吉は、
それ以上だったかもしれません。

姫路から2時間で行けてしまうので、
早めに出かけて、第一集合場所「三朝温泉」に入るまで、
ずーっとぶらぶらしていました。

観光地化という意味では、竜野の素朴さはないものの、
それでも、町を隅々まで歩くと、そこかしこに
懐かしい景色が散らばっていて、
文字通り、時間の経つのを忘れてしまい、
ついでに足の痛みも忘れて…なんと4時間
もぶらぶら。

天女の壁画を中心に広がるこの町、
お醤油蔵の赤レンガや江戸風情の白い土塀…
東西に流れる堀川脇には、突然 バテレン調のお寺…。

背後の山の中にある長谷寺に思わず登ってしまって、
途中の長い石段で後悔…
それでも山深い中に響くお経には痺れました。

翌朝、三朝温泉から松江に、
宍道湖を回る「一畑電車」で出雲~出雲大社へ

スピリチュアルスポットとしても有名な出雲大社でしたが、
やはりこういう威容は、僕には興味がないと改めて感じ、
それでも一面の霧の風景の宍道湖を眺めながらの、
在来電車の乗り継ぎはなかなかに愉快でした。

途中、地元のおばちゃんや高校生が、乗ったり降りたり…
そういう日常の風景が楽しい。



世界の遺産「石見銀山」には興味がなかったのですが、
泊った温泉地「湯の津」にある2件の公衆浴場は、
最高でした。

こちらを世界遺産に…僕なら認定します。

「元湯」は朝の5時からやっていて、地元の人の交流場所。
鉄分が強く、湯船の脇は茶色のグラデーション…、
溶岩が溶けだしたような感じに…

天井は高く、木枠で囲まれた湯殿は狭く、
中には地元のおっさんが5,6人…
ゆっくりくつろぐ感じではなかったし、
写真もはばかられましたが、
それでも「ああ~いい湯」とおもわずポロリ口に出る。

朝は濁っているお湯が、閉める頃には人が入る空気のせいで、
透明になるそうです。
着いた夜に入ったのですが、番台から
「朝もう一度おいで、このお湯は朝がいいのよ」と声をかけられ
翌朝、もういちど入る…

違いはわからなかったのですが、
毎日来るという近所のおじさんの話では、
この風呂は朝がいいんだよ…
と同じようなことを言っていました。



土が良いらしく、山の隙間にあるこの温泉町を少し登ると、
陶芸の里(窯元は3つ)があって、
10段15段と日本でも有数の大きさの登り窯も見られます。

寒くなり、あられ混じりの雨の中、
この陶芸の里に顔を出し、出雲に戻り空路大阪へ、
山陰があまりに楽しく、お湯に当てられ…
翌日からの仕事は上の空でした。

たかだか1回では語りつくせぬ深さを感じた山陰。

次は兵庫北上ルートか 
広島から上がろうか…

またぜひ来たいと…

そういう旅の紹介にありがちな終わり方でございます。

ブランコな話し[紋谷のソコヂカラ]

投稿日時:2010/02/08(Mon) 21:33




目の前の公園に朝晩顔を出す。
ほんとうに目の前なので、“行く”という感じではない。

体力を戻すために、ここで体を動かしている。。

先日来、公園はその敷地の半分が、
立ち入り禁止になっていた。

どうも、遊具のリニューアルらしく、
工事中は子供が入らないように
立ち入り禁止の柵が張り巡らされている。

そもそも、こじんまりとした公園が、
余計、小さくなってしまい、
真面目にリハビリしていて、
公園内を愛犬と走るボクにとっては、
いい迷惑でありました。

毎日、毎日、進んでいるか、
いないんだかの進行具合でしたが、
今朝、行ってみると、工事は終わり、
立ち入り禁止の柵は取り払われていた。

新たに登場した、ブランコと鉄棒

…これだけかい? 

と思わず突っ込んでみたが、
まだ、出来たてのほやほや、早朝のことでもあり、
たぶんこれを目にしたのは僕が第一号。

せっかくだから、座って遊んでみた。 

… 

特に感慨もない。

小さいころの思い出も…特に浮かんでは来ない(笑)…
志村喬の胸中でもなく…ただ、行ったり来たり… 


◇リハビリと言えば、昨年、帰省の折、
母が通う地元の病院に 迎えに行った時のこと。

「ワタシのリハビリのセンセイは、お兄ちゃん
(僕はこう呼ばれている)の高校の同級生よ」
と言っていたことを思いだした。

モノのついでと、病院のリハビリセンターに顔を出す。

部屋の入口の扉の脇に、
スタッフの名前のプレートが貼り出されている。

…ふどれどれ…やつの名前はあるかな? 
!室長?…室長かぁ~!!

せっかくだから、入ってみる。

「○○さんいますか?」

「…室長は、隣のリハビリルームに…」というので、
 センターからつながるリハビリルームに向かうと、

中では、大勢の患者さんがリハビリの最中。
その中央に…いたいた。

「おーい ○○!」
 振り返る○○ …怪訝な表情?? 

それもそうだろう、30年ぶりの再会。

「もんやだよ」というと
「!!おおお~!」と笑顔に。

この○○とは、高校時代、学校の廊下で取っ組みあった。
彼についてほかのことは思い出さないが、
この取っ組みあいだけはよく覚えている。

「おいもんや …おまえのスリッパ、
 女子便所に投げてやったぞ!(笑)」

「なに!!ふざけるな!」という取っ組みあい。

どうも○○は、高校イチの美女と日曜日に映画を観にいったという、
もんやの自慢話しが気に入らず、頭に血が登ったらしい。

(高校イチの美女??…というところ…ここは気にせず、
 先に進むところです)

この○○…いわゆる直情型。 
ガタイもデカイが態度もデカイ。 
そんな彼が、母のリハビリ。

女子便所にヒトのスリッパ投げ込む奴が
…母のリハビリ。

…人は変わるのか…

「母がお世話になっています」
初めこそ、丁寧にごあいさつ申し上げたが、

リハビリルームにいる全員が注目しているので…

「この○○はねえ…昔、僕のスリッパを、
 女子便所に投げ込んだ…そういう奴なんですよおお!!」

と大きな声で、みんなに紹介してやった。 

「!!おい…やめろ 勘弁してくれ!」 
○○は顔を真っ赤にしている。 

…君は変わろうとも 僕は変わらない…


◇変わらない性格と言えば、どうもボクは、
他人に迎合するのが苦手だ、面白くないのに笑えない、
可愛げのない奴だとよく言われてきた。

大人になってもその性格はいっこうに改善しない。
そもそも直す気もない。

銀座で商売をしている時も…そう。
しかし、商売には不向きのようで、

「もんやさんのお店は…なに屋さんなんですか?」
と聞かれても、

「もん屋 …です」と応えていた。  
別に、和食でもイタリアンでもなんでもいいではないか。

要するに来ればわかる。
そういう、キャッチーな感じは好きではない…
とこういうスタンス。

ひねくれているわけではないのだが、
どうも、表面上の会話が、出来なくて…。

だから、初対面の方には「こわい」
という印象を持たれることが多い。

先日、手伝っている会社が創業以来はじめて、
新卒を採用するということで、その最終面接を頼まれた。

堅実経営とはいえ、全国的に名の知られている
会社でもないのに、エントリーシートは
2000通を越える応募状況。

採用枠は全職種併せて8名…
その最終面接だから心して臨んだ。

採用活動は、昨年からこの会社の一大業務として進んできた。

担当の社員たちが、なれない仕事ながら、
1次から一生懸命に選んだ末に、どうしても判断がつかない…
そういう応募者たちが中心の面接。

中には、最終面接に至る以前に、落とされたが、
その後も、どうしてももう一度、僕の熱意を聞いて欲しいと、
長文の手紙を社長に送りつけてきた学生もいる。

時間はひとり1時間…志望動機の先に、
彼、彼女の本音を見極めようとすると、
自然と言葉はきつくなる。

「…高校の野球部では 後輩になどう思われていた?
 …なるほど、面倒見がよいのは、なぜ?
 …甲子園に出場しているんですね
 …みんなでなにかを成し遂げるということは
 …好き…ひとりで黙々と…というのは?
 …営業となると、たとえば飛び込みなんて仕事は、自分ひとりで
 …自分に負けてはいけないのですが?
 …根性はある?…あるといわれて、はいそうですか…と思えない。
 思わせて欲しい…」

などと、答えに窮する質問を矢継ぎ早に投げかけて、
その返答と態度をじっくり見てしまう。

…後日、内定式で この彼を含め 何人かと話した。 
面接を終え、正直、手ごたえは感じたか?と聞くと…

「自分に足りないところが、なにか考えてしまいました」という返事。 
いまどきの若者はどこまでも真面目だ。

…しかし、そう応える彼の目は、おびえていた。 

社長宛にメールを送ってきた学生から、
またメールが届いたらしく、文面を読ませてもらった、

かなりの長文…その中に、
僕がこわかった…と2度も書かれていた。 

幸運を祈る。


◇面接といえば コミュニケーション力…とよく言われる。

先日、NHKで“言語力の低下”についての番組を観た。
要約すると、日本人の「奥ゆかしさ」は「察してくれ…」に通じ、
物事を正確に、早く伝えられないことにつながるらしい。

番組では、世界一の言語力を持つと言われる、
ドイツの学校教育について検証し紹介していた。

ドイツでは小学校の頃から
「自分の言いたいことを、相手に伝えるための」教育が盛んで、
たとえば、教室に抽象画を持ちこみ…

「この絵はなにに見えるかスピーチしなさい」
と先生が尋ねる。

答えは、簡潔さを求められ…またこの投げかけ問答には、
「ほかの子と同じ答えはしてないけない」というルールがあり、
児童たちは、指されたら、瞬時に判断して答えなければならない。

先生がある単語を言うその単語に連想した単語を 
ノートに1分間、思いつく限り…書く、
次に指されたら、その書き連ねた単語をすべて使って、
これまた1分間でストーリィをつくり、発表する。

こんなカリキュラムは高校生の授業。

…おもしろい試みだと思い。
早速、先の会社の社員研修に取り入れてみたりした。

ただ、このやり方では、言語力は身につくかもしれないが、
それが即、カンバセーション上手とはいかない。

会話のできる人間のもっとも優れた点は、
単語やセンテンスの量はもちろんのこと、
相手の気持ちを察する、
そのための知識や経験にあると僕は信じているので、
その意味では「察する」という感性はとても重要です。

そして、この察する…は、
歳を重ねるとかんたんに出来るようで、
なかなかそうはいかない。

別のチャンネルの看板番組のひとつ…

村上龍が投げかけた…相手は
王将フードサービスの社長 

「好業績の秘訣は?」 

そして、村上氏はその質問の後に、
“察し”て、社長の返事を待たずに、

「…ああ、愚問でしたね…“安くてうまい”…それにつきますね」
と言った。 

少し考え、社長は答える

「いえいえ “うまくて安い”んです」

インタビューアーの手慣れた引き出し術はさまざまあれど、
相手の本音にコミットするのは、簡単ではない。


◇餃子と言えば、
「外はカリカリ、中はジューシー」
…おいしい形容詞がこれだけというのは、どうしたものか?

と、このようなことを
永遠の命題のひとつと考えているのは…
僕だけか?

馬鹿のひとつ覚えとしか思えないが、
ではかわって何かあるかと言えば、
特にないのだが、

それでいて、いつの時代も大人気という
商品であるから大したものだと思う。

形容詞なら、チャーハンはもっとシンプル…

「お米がパラパラで…」しかないのではないか。

それはもう、鍋を振る行為の問題で、
厳密にいえば、おいしい形容詞ではないではないか。 

しかも、世の中チャーハンだけをオーダーすることは少ない、
チャーハンに…そう!…餃子をつける、
チャーハンの立場からしてみれば

「オレだけじゃ、不満ってことね」という気分だろう

しかも、「あっ…半チャーハンにして」と…こうなると、
もはやチャーハン+餃子定食ではなく、
餃子+チャーハン定食である。


…と 真新しいブランコで行ったり来たりして、
ぼんやりと考えてしまった。

ブランコは、何事か考える際には…もってこいだ。 

考えたくなくても考えてしまう
乗り物かもしれない。

そういうことか…志村喬。 

そろそろお腹が空いてきたのと、
いつの間にか、目の前に女の娘がいて、
僕のことをなんだかじっと見ているので、

このへんで、さようなら。

甘くない[紋谷のソコヂカラ]

投稿日時:2010/01/27(Wed) 20:05



本日の検査結果
 
マーカー数値は、約6000… 

肺の腫瘍は 表面積で2割減少でした。
 
主治医の顔を見た瞬間…
「あっ!これは思わしくないな」と感じましたが
(センセイ、この辺りは分かりやすいのです)、
やはりです。
 
正直言って、もう少し下がっているかと 
…期待していましたが…

正月の4日から3週間経過しての数値は、
ほぼ同じでした。
下げ止まりとみるしかありません。
 
腫瘍は「容積では半分くらいかなあ…」と
主治医が言うので、
ちょうどマーカー値も半分、腫瘍も半分 
それが今回の成果です。
 
「さがって、そのままならよいのでは?」 
 
黙っていれば、確実に上がるしかないので、
そういうわけにもいきません。
 
去年は二桁から始まった1年でしたが、 
今回は四桁スターとか!…と思うと
 
やはり心は、ザワザワとささくれだちます。
 
副作用で辛い思いをした割には…
とかそういう感情はなく、あれはあれで、
これはこれでと分けて考え、
単純に、薬を入れても、
もうこれしか落とせないのか?
という思いです。
 
しかし、こういう時こそ 
自分に向き合えです。

逆に、今回、もしマーカー値が
ズドーンと下がっていたとしたら、
僕の性格からして、調子こいてしまうでしょう。

「ほらね 俺はしぶといんだ 
  …だいじょうぶ だいじょうぶ」とかなんとか 
今年1年、へらへらとしていたでしょう。
 
ここで、「うーむ…」と唸り 
さて どう持ちなおすか、 
これが試されているのです。
 
…とかなんとか、こういうことを書きながら 
今、考えているのですぜ 

…病院からの帰りなんて、落ち込んでましたし、
親に検査結果の報告をするのも、
一呼吸、悩んでしまいましたし、
…こういう風に考えられるのは、
今、このブログを書きながらなのです。
 
その意味では、このブログは、まことにありがたいです。
 
皆さんには、3回連続の病気ネタで、申し訳なく思います 
シリーズ企画で、うまいこと“オチ”ればよかったのですが…
最終回で、このラストでは、なんだかなあ…ですね。

でも、シリーズは続きます。 

1より2の方が面白い…というのは…
なかなかにありませんが、ごくマレにはありますし、
もう僕の場合…シリーズ5くらい
続いているような気がしますから、

こうなれば、

「いいねえ…若いって」    byリリー 

まで続ける意気込みが大切かと
(わからない人にはさっぱりわからない)
 
 
今年1年は 正念場と考えています。
 
意味のないこと 
つまらないこと 
くだらないこと 
気持ちよくないこと 

は断固拒否の精神で参りたいと(笑)

反面、自分が関わることで 
よくなることは どんどん関わりたい 
また 場所や人にこだわってゆきたいとも思います。
 
男女問わず 年齢問わず 
いっしょに居て笑える人と過ごす時間が大切…
などとわがままに考えています。

そのためには、
「自分ってどうなの?」
「その相手、この場所的に…ボクは価値があるの?」
ってことにいつも目を向けていたいと…

漫然とせず、出来る限り厳しく、
自分で自分をジャッジしてゆくつもりでもあります。
 
胃もシモも白血球も 
完全に復活していますので 

ほら あなた! 

よろしくお付き合いください。

わたしの正月を返していただきたい![紋谷のソコヂカラ]

投稿日時:2010/01/19(Tue) 22:15

幸いにして言われたことはまだないが、
「あなたって、ケツの穴の小さい男だわねえ」
これは、かなり凹む言葉だと思う。

そう言われると、返す言葉がないではないか。

「まてまて、俺のケツの穴は相当にデカイぞ」
というのもおかしい。

というか、すでに嬉しくもない。

むしろ、失礼だ。

これが、“肝っ玉”なんかであるなら、
成立するはずの反対の意味の言葉が、
見当たらない。

鼻の下なんかもそうだ、
長いという侮蔑表現はあっても、
その逆のほめ言葉が存在しない。

頭が固いは…ある。 

金のタマについては、どうか?

「ついとるんかい!?」

確認しているようにみせかけての侮蔑表現だ。

でも。これは「ついとるわい」「みせたろか」
などで、対抗すればよろしであり、なんてことはない。

やはり「ケツの穴攻撃」には敵わない。

◆◆◆

…痔になった。

産まれてはじめて痔になった。

少し大きな声で言ってみよう…

“ち”に点々の“ぢ”になった。

前回に引き続き、しかも新年早々、なんてことか、
なるほうもなるほうだが、
聞かされるほうも聞かされるほうである。
わかる。…忍びない。

新年早々、申し訳ないと思う。
しかし、これも抗がん剤の副作用の先に来たもので、
わたしには、報告する義務がある。

7日に退院した、もうその頃から、兆候は見られた。

消化器系に大きな副作用が出るという、
いまの抗がん剤…僕の場合は、
それほどでもなかった。

多少の下痢症状はあっても、
過去、あれほどの胃痛にはならなかった。

症状が治まり、
ほっとして帰宅したのもつかの間、
どうもおかしい。

絶食が続いていたせいで、
食べ物を口にしていないから、
モヨオサナイと思っていたが、
1日、2日、人並みの食生活に戻しても、
…気配すらない。

もともと、快便快食のわたしには…ありえない。

そのうち、辛くなってきた。腸のあたりが重い…
というより、もっと肛門近辺に、
頑強な奴らが陣取っている
…そういう感覚である。

こういう時のために、医者からは
「頑強な兵士の抵抗を和らげる」
…奴らを柔らかくする錠剤をもらっていた。

朝晩と飲むも、兵士は頑強である。
翌日も、そのまた翌日も同様。

維持でも、この橋頭保は死守するぞ!
という意気込みが、下のほうからムズムズと伝わってくる。

これは、こちらも作戦を変えねば…と 
近くに出来たドラッグストアに駆け込む。

症状を話すと…
「兵士の気持ちを和ませる、更に強力なクスリ」
を勧められた。



加えて、腸の働きを活性化するクスリ、
そう、つまり更に後方から、
「前進せよ!」と追い立てる作戦だ。

飲む…飲む …効かない。 

自宅の前の公園を少し走り ストレッチをし  セロリを食う

…が効果はない。

また、2日経過…これはまずい…と
再度、ドラッグストアに行く。

こうなれば あの 有名な 天下の大将軍 
泣く子も黙る「いちじく浣腸」
に登場いただくしかない。

ドラッグストアに向かう。

買うのも初めて 自分で入れるのもはじめて… 
怖い …しかし、
そんなことは言っていられない。

…ここからは少しの間は、リアル表現は控える…

さすが大将軍であります。
結果は、「オオオ~!!」と雄たけびを上げた、



兵士の群れが、一段となって飛び出してきた。

なんという爽快感…。

しかし、どうも本調子ではないので、
引き続き2、3日、大将軍のお世話になることになった。

問題は、ここからである。

やはり、大将軍の有無を言わせぬ進撃命令は、
組織に遺恨を残したようだ。

上の者の、無謀な業務命令…いつの世もそうだ、
そんなものは一時的な解決でしかなく、
どこかに禍根を残す…。

その禍根は…肛門回りに炎症を起こすという事態を引き起こした。

その炎症は、(見ていないので正確には分からないが)
…時間が経つごとにどんどんとひどくなった。

寝転んでも痛い 起き上がれない 歩くと死ぬ 
…とにかく、からだの向きを変える度に激痛が走るのである。

また大げさな…と思われる方もいるでしょうが、本当なのです。

寝ていても、まだ本調子でない腸の影響で肛門が伸縮する…
そのたびに、気絶するほどの激痛が走るのです。

おちおち寝てもいられない。

1日経ち 2日経ち
…収まるどころかひどくなる。

このままではいけない、
意を決して、三度、ドラッグストアに向かう。

歩いてはいけないので、
ゲンチャリに座布団を引き、
お尻をあげた状態で、そろりそろりと始動する。

ずっと、立ったままでは危ないので、腰を下ろす。

普段なら気にならない、
わずかな段差の衝撃が 
ダイレクトに響く…「いてえええ!!」

なんとかたどり着いたドラッグストアで、
「ボラギノール」を買う。 
自分には無縁と眺めていたコマーシャルの映像が蘇る。

帰り、風呂に入り、…患部に塗る。
併せて購入した綿棒を恐る恐る当てて塗る…
相当に腫れあがっているような感じだ。

もう。どこが肛門で、どこが足の付け根なのかもわからない。 

この時点での問題は、すっかり、従順になり、
順番通りに、送り出されようと待っている兵士の気配が、
ムズムズしているということだ。

「待て!!」「そこで待て!!」「なにもするな!」
と全身全霊で頼み込む。 

いま、ここで出てこられては、僕は死んでしまう。
とにかく とにかく静かに静かにしていてくれ。

…2日が過ぎた… 激痛は収まらない 

僕は悟った…尻の穴は、なにか体を動かそうとする…
その運動行動のメカニズムの原点にあるということを。

椅子から立ち上がる、前かがみになって何かを拾う、
寝返りを打つ、
…くしゃみや咳をするその刹那も、肛門は運動機能の源になっている。

つまり、肛門なくしては、
人間の動作は始まらず、力も入らないのである。

なんと偉大なる尻の穴!! 

そういうこととは、関係なく、
月曜日に病院に行こうと決めた。

週末の土曜日いつにもまして、痛い。
もう塗り薬を塗ることも耐えられない感じ、
それでも塗る、泣きながら塗る。

この日も朝まで寝られない、外が明るくなるまで唸っていたが…
いったん風呂に入り…少し痛みが引いた後、眠りに落ちた。

時間にして5時間ほどか、日曜日の昼ごろに目覚める。

…ん?……んん? 

痛みがない …??

体が、痛さに怖がっている…が、
恐る恐るパンツの上から触ってみるが…?
…痛くない。

??…パンツの後ろがぐっしょりと濡れている…??
…うん!?…まさか…漏らしたのか?

…臭いを嗅いでみるも、無臭… 
患部を直接触ってみる

…腫れが…ない?!

そういうことか。 

腫れあがっていた患部の疱瘡が、ヤブけたのだ。

それによって、炎症も収まり、痛みも引いたのである。

それでも、万全を期して ボラギノールを塗っている。

こうして、わたしの年末からの戦いの続編…
第2幕は終了した。

今は、快方に向かっている。

ここまで、お付き合いいただき誠にありがとうございます。

どうしてもというなら、ひとりづつ、質問に応えますが、
…ええ…関連する質問は、まとめてお応えしますので、どうぞ。

あっ…くれぐれも指されてから
…質問に…ええ、
マナーですから。

「それはほんとうに“ぢ”だったのですか?」

…うーん今となっては謎であります。

「われわれは、あなたの命に関わる心配しているのであって、
 そんなシモの話はどうでもいい!」
…ごもっともでございます。

「そんなことならワタシは20年来の便秘持ちよ」

…はあ、それはお気の毒さまです。

「新年、早々、こんな話を…失礼ではないか、国民にあやまれ」
…わたくしも被害者なんです。説明責任を果たしたまでで。

「幹事長を辞任すべきなのでは?」
…国民の生活を豊かにする、その責務が先と認識し、
苦渋の決断ながら続投を総理に…


こんな僕ですが…幸いなことに、
「ケツの穴の小さい男」と言われたことは

…いまだかつてまだ…ない。


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