紋谷のソコヂカラ 2010/1

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甘くない

投稿日時:2010/01/27(水) 20:05



本日の検査結果
 
マーカー数値は、約6000… 

肺の腫瘍は 表面積で2割減少でした。
 
主治医の顔を見た瞬間…
「あっ!これは思わしくないな」と感じましたが
(センセイ、この辺りは分かりやすいのです)、
やはりです。
 
正直言って、もう少し下がっているかと 
…期待していましたが…

正月の4日から3週間経過しての数値は、
ほぼ同じでした。
下げ止まりとみるしかありません。
 
腫瘍は「容積では半分くらいかなあ…」と
主治医が言うので、
ちょうどマーカー値も半分、腫瘍も半分 
それが今回の成果です。
 
「さがって、そのままならよいのでは?」 
 
黙っていれば、確実に上がるしかないので、
そういうわけにもいきません。
 
去年は二桁から始まった1年でしたが、 
今回は四桁スターとか!…と思うと
 
やはり心は、ザワザワとささくれだちます。
 
副作用で辛い思いをした割には…
とかそういう感情はなく、あれはあれで、
これはこれでと分けて考え、
単純に、薬を入れても、
もうこれしか落とせないのか?
という思いです。
 
しかし、こういう時こそ 
自分に向き合えです。

逆に、今回、もしマーカー値が
ズドーンと下がっていたとしたら、
僕の性格からして、調子こいてしまうでしょう。

「ほらね 俺はしぶといんだ 
  …だいじょうぶ だいじょうぶ」とかなんとか 
今年1年、へらへらとしていたでしょう。
 
ここで、「うーむ…」と唸り 
さて どう持ちなおすか、 
これが試されているのです。
 
…とかなんとか、こういうことを書きながら 
今、考えているのですぜ 

…病院からの帰りなんて、落ち込んでましたし、
親に検査結果の報告をするのも、
一呼吸、悩んでしまいましたし、
…こういう風に考えられるのは、
今、このブログを書きながらなのです。
 
その意味では、このブログは、まことにありがたいです。
 
皆さんには、3回連続の病気ネタで、申し訳なく思います 
シリーズ企画で、うまいこと“オチ”ればよかったのですが…
最終回で、このラストでは、なんだかなあ…ですね。

でも、シリーズは続きます。 

1より2の方が面白い…というのは…
なかなかにありませんが、ごくマレにはありますし、
もう僕の場合…シリーズ5くらい
続いているような気がしますから、

こうなれば、

「いいねえ…若いって」    byリリー 

まで続ける意気込みが大切かと
(わからない人にはさっぱりわからない)
 
 
今年1年は 正念場と考えています。
 
意味のないこと 
つまらないこと 
くだらないこと 
気持ちよくないこと 

は断固拒否の精神で参りたいと(笑)

反面、自分が関わることで 
よくなることは どんどん関わりたい 
また 場所や人にこだわってゆきたいとも思います。
 
男女問わず 年齢問わず 
いっしょに居て笑える人と過ごす時間が大切…
などとわがままに考えています。

そのためには、
「自分ってどうなの?」
「その相手、この場所的に…ボクは価値があるの?」
ってことにいつも目を向けていたいと…

漫然とせず、出来る限り厳しく、
自分で自分をジャッジしてゆくつもりでもあります。
 
胃もシモも白血球も 
完全に復活していますので 

ほら あなた! 

よろしくお付き合いください。

わたしの正月を返していただきたい!

投稿日時:2010/01/19(火) 22:15

幸いにして言われたことはまだないが、
「あなたって、ケツの穴の小さい男だわねえ」
これは、かなり凹む言葉だと思う。

そう言われると、返す言葉がないではないか。

「まてまて、俺のケツの穴は相当にデカイぞ」
というのもおかしい。

というか、すでに嬉しくもない。

むしろ、失礼だ。

これが、“肝っ玉”なんかであるなら、
成立するはずの反対の意味の言葉が、
見当たらない。

鼻の下なんかもそうだ、
長いという侮蔑表現はあっても、
その逆のほめ言葉が存在しない。

頭が固いは…ある。 

金のタマについては、どうか?

「ついとるんかい!?」

確認しているようにみせかけての侮蔑表現だ。

でも。これは「ついとるわい」「みせたろか」
などで、対抗すればよろしであり、なんてことはない。

やはり「ケツの穴攻撃」には敵わない。

◆◆◆

…痔になった。

産まれてはじめて痔になった。

少し大きな声で言ってみよう…

“ち”に点々の“ぢ”になった。

前回に引き続き、しかも新年早々、なんてことか、
なるほうもなるほうだが、
聞かされるほうも聞かされるほうである。
わかる。…忍びない。

新年早々、申し訳ないと思う。
しかし、これも抗がん剤の副作用の先に来たもので、
わたしには、報告する義務がある。

7日に退院した、もうその頃から、兆候は見られた。

消化器系に大きな副作用が出るという、
いまの抗がん剤…僕の場合は、
それほどでもなかった。

多少の下痢症状はあっても、
過去、あれほどの胃痛にはならなかった。

症状が治まり、
ほっとして帰宅したのもつかの間、
どうもおかしい。

絶食が続いていたせいで、
食べ物を口にしていないから、
モヨオサナイと思っていたが、
1日、2日、人並みの食生活に戻しても、
…気配すらない。

もともと、快便快食のわたしには…ありえない。

そのうち、辛くなってきた。腸のあたりが重い…
というより、もっと肛門近辺に、
頑強な奴らが陣取っている
…そういう感覚である。

こういう時のために、医者からは
「頑強な兵士の抵抗を和らげる」
…奴らを柔らかくする錠剤をもらっていた。

朝晩と飲むも、兵士は頑強である。
翌日も、そのまた翌日も同様。

維持でも、この橋頭保は死守するぞ!
という意気込みが、下のほうからムズムズと伝わってくる。

これは、こちらも作戦を変えねば…と 
近くに出来たドラッグストアに駆け込む。

症状を話すと…
「兵士の気持ちを和ませる、更に強力なクスリ」
を勧められた。



加えて、腸の働きを活性化するクスリ、
そう、つまり更に後方から、
「前進せよ!」と追い立てる作戦だ。

飲む…飲む …効かない。 

自宅の前の公園を少し走り ストレッチをし  セロリを食う

…が効果はない。

また、2日経過…これはまずい…と
再度、ドラッグストアに行く。

こうなれば あの 有名な 天下の大将軍 
泣く子も黙る「いちじく浣腸」
に登場いただくしかない。

ドラッグストアに向かう。

買うのも初めて 自分で入れるのもはじめて… 
怖い …しかし、
そんなことは言っていられない。

…ここからは少しの間は、リアル表現は控える…

さすが大将軍であります。
結果は、「オオオ~!!」と雄たけびを上げた、



兵士の群れが、一段となって飛び出してきた。

なんという爽快感…。

しかし、どうも本調子ではないので、
引き続き2、3日、大将軍のお世話になることになった。

問題は、ここからである。

やはり、大将軍の有無を言わせぬ進撃命令は、
組織に遺恨を残したようだ。

上の者の、無謀な業務命令…いつの世もそうだ、
そんなものは一時的な解決でしかなく、
どこかに禍根を残す…。

その禍根は…肛門回りに炎症を起こすという事態を引き起こした。

その炎症は、(見ていないので正確には分からないが)
…時間が経つごとにどんどんとひどくなった。

寝転んでも痛い 起き上がれない 歩くと死ぬ 
…とにかく、からだの向きを変える度に激痛が走るのである。

また大げさな…と思われる方もいるでしょうが、本当なのです。

寝ていても、まだ本調子でない腸の影響で肛門が伸縮する…
そのたびに、気絶するほどの激痛が走るのです。

おちおち寝てもいられない。

1日経ち 2日経ち
…収まるどころかひどくなる。

このままではいけない、
意を決して、三度、ドラッグストアに向かう。

歩いてはいけないので、
ゲンチャリに座布団を引き、
お尻をあげた状態で、そろりそろりと始動する。

ずっと、立ったままでは危ないので、腰を下ろす。

普段なら気にならない、
わずかな段差の衝撃が 
ダイレクトに響く…「いてえええ!!」

なんとかたどり着いたドラッグストアで、
「ボラギノール」を買う。 
自分には無縁と眺めていたコマーシャルの映像が蘇る。

帰り、風呂に入り、…患部に塗る。
併せて購入した綿棒を恐る恐る当てて塗る…
相当に腫れあがっているような感じだ。

もう。どこが肛門で、どこが足の付け根なのかもわからない。 

この時点での問題は、すっかり、従順になり、
順番通りに、送り出されようと待っている兵士の気配が、
ムズムズしているということだ。

「待て!!」「そこで待て!!」「なにもするな!」
と全身全霊で頼み込む。 

いま、ここで出てこられては、僕は死んでしまう。
とにかく とにかく静かに静かにしていてくれ。

…2日が過ぎた… 激痛は収まらない 

僕は悟った…尻の穴は、なにか体を動かそうとする…
その運動行動のメカニズムの原点にあるということを。

椅子から立ち上がる、前かがみになって何かを拾う、
寝返りを打つ、
…くしゃみや咳をするその刹那も、肛門は運動機能の源になっている。

つまり、肛門なくしては、
人間の動作は始まらず、力も入らないのである。

なんと偉大なる尻の穴!! 

そういうこととは、関係なく、
月曜日に病院に行こうと決めた。

週末の土曜日いつにもまして、痛い。
もう塗り薬を塗ることも耐えられない感じ、
それでも塗る、泣きながら塗る。

この日も朝まで寝られない、外が明るくなるまで唸っていたが…
いったん風呂に入り…少し痛みが引いた後、眠りに落ちた。

時間にして5時間ほどか、日曜日の昼ごろに目覚める。

…ん?……んん? 

痛みがない …??

体が、痛さに怖がっている…が、
恐る恐るパンツの上から触ってみるが…?
…痛くない。

??…パンツの後ろがぐっしょりと濡れている…??
…うん!?…まさか…漏らしたのか?

…臭いを嗅いでみるも、無臭… 
患部を直接触ってみる

…腫れが…ない?!

そういうことか。 

腫れあがっていた患部の疱瘡が、ヤブけたのだ。

それによって、炎症も収まり、痛みも引いたのである。

それでも、万全を期して ボラギノールを塗っている。

こうして、わたしの年末からの戦いの続編…
第2幕は終了した。

今は、快方に向かっている。

ここまで、お付き合いいただき誠にありがとうございます。

どうしてもというなら、ひとりづつ、質問に応えますが、
…ええ…関連する質問は、まとめてお応えしますので、どうぞ。

あっ…くれぐれも指されてから
…質問に…ええ、
マナーですから。

「それはほんとうに“ぢ”だったのですか?」

…うーん今となっては謎であります。

「われわれは、あなたの命に関わる心配しているのであって、
 そんなシモの話はどうでもいい!」
…ごもっともでございます。

「そんなことならワタシは20年来の便秘持ちよ」

…はあ、それはお気の毒さまです。

「新年、早々、こんな話を…失礼ではないか、国民にあやまれ」
…わたくしも被害者なんです。説明責任を果たしたまでで。

「幹事長を辞任すべきなのでは?」
…国民の生活を豊かにする、その責務が先と認識し、
苦渋の決断ながら続投を総理に…


こんな僕ですが…幸いなことに、
「ケツの穴の小さい男」と言われたことは

…いまだかつてまだ…ない。


寝正月

投稿日時:2010/01/09(土) 00:50

抗がん剤の投薬を終えて1週間後、暮も押し迫った28日、
血液のダメージをチェックしに、再度病院へ向かった。

白血球、赤血球、血小板ともに、危険水域には達しておらず、
念のため白血球をあげる皮下注射を打ち、
年明けの診断まで安静にとなった。 

この時点での体の感じとしては、
慢性のだるさと突発的な帯状疱疹はいつものこととして、
胃がどうもシクシクと痛んでいた。

このシクシクが、その日の夜から激変してゆく。

遡るが、今回の投薬中、一番悩まされたのはこの痛みでした。 
点滴が抗がん剤に変わって少しすると、
胃が痙攣を起したように痛み、5時間ほど続いた。
急遽、痛み止めを合せて投与され、
なんとか収まったものの、いつにない症状のため戸惑った。

それでも、退院して1週間は、何事もなく、
消化器官へのダメージは、入れている薬の主な副作用
(2種類の薬、併せて30くらいある)ではあるため、
たまたまのことだろうと僕も主治医も考えていた。

しかし、この痛みそんなことでは収まらなかったのです。

28日の夜、シクシクは、ジクジクとなり、
グワッグワッとなり、ギョワー!ギョワー!!…へとなる。

うまいたとえがないが、…口からペンチを突っ込まれ、
胃をつかまれねじあげる 
そんな痛みが10分に1度 
1分くらい続く、まあそんな感じ。

明けて29日も朝からこの痛みは治まらない。 
ほとんど寝て過ごす。 
それでも頭では、抗がん剤の副作用なんだから、
我慢していればそのうちに収まるだろうと、
28日に念のため処方してもらった
胃の薬を飲んで我慢していた。

しかし、30日、31日となっても 
ペンチの威力はいっこうに衰えない。

これは、まずいと癌センターに電話を入れる。 
病院はすでにお休み、それでも当直の医者がいるらしく
電話口での問診となる。

「…そうですか、症状はわかりました。
  僕も専門ではないのでなんとも言えませんが、
  いま処方されている胃の薬は、相当に強い薬です。
  それで、効かないとなるとこちらに来て、
  点滴したとしてもそれほどの違いはないかもしれませんよ、
  また、外来での治療は無理なので
  入院してもらうことになりますが…」

とまあ、藁にも…の連絡した気持ちを萎えさせる返答。

いったん切る。

このまま家でのたうちまわっていてもなあ…、
しかし年越しを病院というのは、なんとも忍びない、
しかしこのままでは…とそこに、
岩田さんから電話をいただく、僕がのたうちまわっているのを
違う人間に伝えてあったのだが、その話を聞き、
心配で電話をかけてきてくれたのだ。

「…だいじょうぶですか?…病院行くなら送りますよ」
開口いちばん、そう言ってくれる。
…それで、腹は決まった。
小さめのバッグにパンツを3枚放り込み、
戸締りと愛犬の手配を済ませて、
岩田さんの運転で大みそかの病院に向かった。

電話で対応してくれた医者の簡単な診察ののちに、
いつもの病棟へ入院した。

大みそかの病院は静かです。
長期の入院患者も年越しは家族と過ごしたい。
体調が許された患者は、外泊届を出して自宅に帰るため、
重症の患者以外はいない。

静まり返る病院で、まったく静まらないおなかを抱えて、
ひとり グワァグワァ!と唸ってると、
ほどなく、痛み止めの点滴が始まる。

1本、2本と続けて投与するも、まったく、さっぱり収まらない。
眠ることもできず、新年を迎えた。

元旦から2日のことは、じつはほとんど覚えていない。
胃の激痛に加えて、熱があがり、意識が混濁していたようだ。

朝一で採血も行われ、白血球が700しかないことが判明、
…急遽、一人部屋へと隔離された。

この部屋には、巨大な医療用の空気清浄機が備わっていて、
完全な無菌室ではないものの、抵抗力がなくなった患者の
院内感染を防ぐための部屋だ。

病院側としての優先度は、この時点で、胃痛の処置ではなく、
白血球をあげることにスイッチされた。

通常、この時期、白血球をあげる注射は、
1日1本 2,3日空けて、また注射…という程度なのだが
(実際、入院していなければ、次の注射は2日の予定でした)
この時点から朝晩2回、毎日、打つこととなった。

2日になっても、胃の痛みは変わらない。
熱も下がるどころか、39.5まで上がる。
後で聞いたが、白血球もぜんぜん上がらないらしい。

口の中もひどいことになっていた。 
歯茎がぜんぶ腫れてパンパンになり、
口内炎ができまくり、挙句に歯がそこかしこでギシギシと痛む。

手足のしびれもひどいもので、じんじん痛んで、
岩のように硬くなった感じだ。 
節々もそこかしこで痛むので、起き上がることもままならない。

ちなみに、朝からの点滴は 生食 痛みどめ 抗生剤 
…と繰り返す感じ。
熱を下げるために座薬と口内洗浄のための薬が新たに加わる。

加えて皮下注射と下痢を抑える漢方薬… 
薬のおせち料理といったバラェティ。

2日、正月休みを明けた主治医が顔を出してくれた。

「…ここまで、ダメージが出るとは予測できませんでした…
   久しぶりの投薬だし、…甘かった…」

「いえ、いえ、こんなんですいません」

すべての症状が鎮静化をたどるのは、3日の夕方くらいからでした。

熱も36度に落ち着き 抗生剤のおかげか口の中も収まってゆく感じ、
それ以外の症状も、よくなっているのがわかる。

白血球も上がり、通常の病室に戻された。

念のため皮下注射の2本体制は変わらないものの、
点滴の数も減る。

胃痛、そのものはなくなってはいないものの、
ギョワー!ギョワー!!から、シクシクへと戻った。

4日になり、

「胃は内視鏡で診てみましょう 予約入れておきました」

  …?…内視鏡?…それは、噂に聞く…胃カメラってやつか?

「せんせい。この症状はどう考えても副作用ですから…
   そこまでしなくても」

「いやいや この症状は、僕も副作用では診たことがない。
   なにかあるかもしれないから…」

5日は、もう完全に復調した感じ…これくらいになると、
外泊していた患者さんが戻りはじめ、
新たに手術を予定する患者さんも入院してきて…
病院は騒がしくなってきた。

1階の売店も営業をはじめ、僕もトコトコと出かけては、
週刊誌を読みあさったり、サンドウィッチを買ってきて、
スープに浸して食べたりしていた。

試しに体重計に乗ってみると 
年末から6kg体重が落ちていた。
ちなみにこの期間、お風呂はもちろんシャワーも浴びていない。

煮沸したタオルで体をふくだけの毎日。冬でよかった。 
それでも、替えの寝巻のない僕は、手術着を着て生活していた。

だらんとして ペラペラで、前や後ろを紐でしばるだけのやつを 
毎日着ていたので、同室の患者さんの付き添いの方には、

「手術ですか?大変ですね」と声をかけられていた。

それでも替えのパンツがないのは困るので、
近所に住む篠塚さんに連絡して、買い物を頼んだ。
正月早々、まことにどうもすいませんでした。

6日、胃カメラの日。

この経験は、貴重だと言わざる負えない…
というかそれ以外に感想はない。

後で聞くと、周りの友人はけっこう飲んでいて、なんてことはない 
という感想でしたが、僕は駄目でした。
途中、何度も引き抜いてしまいたい欲求に襲われました。 
苦しいというより、体が遺物に占拠される感じ、
エイリアンが入り込んできた感じ。

こういう攻撃は、苦手なんだと改めて実感した。 
釣りバカ日誌のハマちゃん…

笑えません ぜんぜん。

まあ、それでもカメラを引き抜かれてすぐ、
「どうでした?」と医者に尋ねる余裕くらいはあった。

「…問題ないですね。食道と十二指腸に、
  少し炎症がある程度、悪い腫瘍や目に見える潰瘍もありませんね」
との応え。

そうだろうそうだろう。だから言ったんだ。

この報告をもとに、後で主治医と話したのだが…

「うーん。じゃあなんだったんでしょうね?」…と首をかしげていた。

どうしても副作用のせいだとは納得していないらしい。

まあ、なんもなかったのであるからよしとしましょう。
次回への備えです。

翌日、最後の血液検査…なんと白血球は、
19400!!もあった。

打ちすぎでしょ注射(笑) 
一時、さがった血小板も回復していた。

ということで 退院してきました。 
気がつけば7日。 
寝正月でした。

ちなみに、入院中、一度、
腫瘍マーカーをとっていたらしく、

「…あっそうそう もんやさんマーカー下がってますよ」と
 レイの折れ線グラフを見せられた。

唐突でびっくりしたのだが 
AFP値:12000がAFP値:5200まで落ちていた。

今回の副作用が大きいかどうかは別にして、
本来はこいつを下げるための投薬ですから、
なんにしろ下がったのはうれしい。
ちょっと涙が出た。

1月の末にレントゲンと併せてもう一度、チェック 
2月の頭にCT という流れで、
マーカー値がどこまで落ちてくれるのかが当面の焦点です。

そんなこんなで、お世話になっている皆さんに 
ごあいさつもできずほんとうにすいません。
心からお詫びします。

昨日、帰宅して、年始のごあいさつを拝見しているところです。
今年も、一日一日 大切に参ります。 

皆さんに幸多かれと願っています。


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