
紋谷のソコヂカラ
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投稿日時:2012/01/22(日) 18:42正月元旦
弟の家族に、寝ていた離れを明け渡し
久しぶりに母屋の座敷に寝た。
座敷と言っても
母のなんだかいろいろなもので溢れていて
物置と化しているのですが、
まあなんとか
自分の寝床のスペースを確保した。
母のおせちを食べて
父といくばくかの日本酒を呑み早くに床につく。
子供の頃 風邪をひいて
学校を休んだ時は
この座敷に寝かされた。
高熱が出たりすると
この座敷はワンダーランドになる。
布団枕元から
小さい空中戦艦の大群が登場すると
枕元の火鉢の中から
こちらも巨大な円盤が次々に
浮かび上がって…
迎え撃つ。
布の中から大きなドラゴンが
のそのそと姿を現すと
上半身裸の原住民たちが
ホウホウいいながら
ドラゴンめがけて槍を投げる、
ドラゴンはあたり構わず
火をまき散らし、
その巨大な尾で
原住民たちをなぎ倒すのだ。
天井は小人の忍者たちが
駆け回り飛び回り
手裏剣を投げ合うのです。
熱に浮かされて、
そんな白日夢
…みたなあ。
座敷の天井は意外に高くて、
襖の上には欄間が…
ああそういえば
この欄間は
じいさんが手作りした…
と聞いたことがある。
ちょうど反対には大きな書額が、
「 雲如福 」とある…
こちらもじいさんの手によるものらしい。
さて本題。
僕は自分の「紋谷」という
名字のいわれを知りたいのです。
最近になってそう思うようになった
のではなく、もうかなり前から
知りたいと思っていた。
名前は まあ親の趣味
みたいなもので
存命なら聞けばわかってしまうが、
名字はいつからかの時代から
脈々とつながっているわけで、
その始まりとまではゆかずとも、
いわれくらいは知っておきたい。
といっても、父親の親戚筋も誰も知らず
もちろん知り合いにも
同じ名字の持ち主はいないので、
おいそれとは分からない。
10年くらい前に 知り合いに
「どんな名字でもそのいわれを調べてくれる…
大学教授だか国文学者だかの
先生がいるから聞いてあげるよ」といわれ、
それではとお願いしたのだが、
何年かして聞いたら
その先生が行方不明になってしまった
とかでそれきりになってしまった。
“ありふれた”名字の方には、
こういう悩みというか発想はないのだろう。
しかし、同じ “山田”という
(はい 悪気はないですよ)
ありふれた名字でも
その出自は、それはもう千差万別なわけで、
「俺の山田はお前の山田とは、
格が違うんじゃ~ボケ」
みたいなことを「証明」したくはならないか…
などと 余計なことを思ったりするのですが、
それでもどんなに出来がよくても
“山田は山田な訳で”
…そのありふれた名字“だけ”に限れば
ノスタルジーもロマンもなんもなく、
ただ「山と田んぼに囲まれた村の何某」
に行き着くのは間違いないのでしょうが。
こちとらは…そうはゆかないのです。
“紋”が紋章の“紋”であるなら、
どこかの国の隠れ谷に
王家の財宝を管理する一族がいて、
その一族にのみ一子相伝で託される
財宝の在りかを記された巻物が託される
……みたいなことになる
可能性が非常に高いのですから。
「うーん わたしもそう思って
気にして調べたことがあるが
…結局わからなかった」
と、父も自分の名前は気にしていたようでしたが、
父がそういうことを気にし始める前に
じいさんは亡くなったので、
ちゃんと聞くこともできず
終いだったようです。
じいさんは、群馬で時事新報という
かつての新聞社で記者をしていた。
その後、静岡に越し、
嫁(ばあさん)をめとり
居を構える。
そこまではいいのですが、
どうもこのじいさん、
放蕩者というか、
静岡に越してきてからは、
あまり働きもせずに、
つらつらと毎日、好きなことをして
暮らしていたふしがありまして、
その好きなことの中に、
「板を削り欄間を彫ったり」
「書に思いついた言葉をしたためたり」


…小説を書いていたなんて話もあり…
たしかに数少ない当時の写真でみると
山高帽にシルクハットだったり、
着流しにマフラーなんて、
ついぞウチの田舎では見かけない
(しかも大正の初めの頃)姿で写っていて、
ずいぶん洒落者なんだ
という印象を受けるのです。
そのじいさん方の親戚とは、
まったくつながりがないので、
どこにどなたか紋谷何某…さんが
生きていらっしゃるものか…
と、もし、そのつてで
「紋谷の秘密(笑)」が
あきらかにされるのなら、
足を運びたいと思っているのです。
キーワードはふたつ
群馬前橋の北の方 そして 明智光秀
前橋の北の…には
“紋谷”の名字がいつくかあった。
しかしそれもワシが全国の
体育大会で参加した際に
近くまで行ったので調べてみたのだが、
それはもう40年も前の話し…と父。
どうも明智光秀末裔らしい…
も父の話し。
僕が子供の頃
(たぶんそれが40年前なのかと…)
にも聞いた覚えがある。
この明智光秀というのがよく分からない
…明智光秀といえば 美濃だろう…
Wikiで見ても山形 長野…?…
いずれにしろ、群馬の出
ということはなさそうだ
しかし、父が40年の時を隔て
息子にでまかせを言うと
言うのもおかしいので、
なにかのつながりは
あるかもしれない。
まあ、そういうものも
ロマンのうちなのだろうと、
頭の隅に置くことにして、
できれば今年中には突き止める
そういうつもりでおります。
弟の家族に、寝ていた離れを明け渡し
久しぶりに母屋の座敷に寝た。
座敷と言っても
母のなんだかいろいろなもので溢れていて
物置と化しているのですが、
まあなんとか
自分の寝床のスペースを確保した。
母のおせちを食べて
父といくばくかの日本酒を呑み早くに床につく。
子供の頃 風邪をひいて
学校を休んだ時は
この座敷に寝かされた。
高熱が出たりすると
この座敷はワンダーランドになる。
布団枕元から
小さい空中戦艦の大群が登場すると
枕元の火鉢の中から
こちらも巨大な円盤が次々に
浮かび上がって…
迎え撃つ。
布の中から大きなドラゴンが
のそのそと姿を現すと
上半身裸の原住民たちが
ホウホウいいながら
ドラゴンめがけて槍を投げる、
ドラゴンはあたり構わず
火をまき散らし、
その巨大な尾で
原住民たちをなぎ倒すのだ。
天井は小人の忍者たちが
駆け回り飛び回り
手裏剣を投げ合うのです。
熱に浮かされて、
そんな白日夢
…みたなあ。
座敷の天井は意外に高くて、
襖の上には欄間が…
ああそういえば
この欄間は
じいさんが手作りした…
と聞いたことがある。
ちょうど反対には大きな書額が、
「 雲如福 」とある…
こちらもじいさんの手によるものらしい。
さて本題。
僕は自分の「紋谷」という
名字のいわれを知りたいのです。
最近になってそう思うようになった
のではなく、もうかなり前から
知りたいと思っていた。
名前は まあ親の趣味
みたいなもので
存命なら聞けばわかってしまうが、
名字はいつからかの時代から
脈々とつながっているわけで、
その始まりとまではゆかずとも、
いわれくらいは知っておきたい。
といっても、父親の親戚筋も誰も知らず
もちろん知り合いにも
同じ名字の持ち主はいないので、
おいそれとは分からない。
10年くらい前に 知り合いに
「どんな名字でもそのいわれを調べてくれる…
大学教授だか国文学者だかの
先生がいるから聞いてあげるよ」といわれ、
それではとお願いしたのだが、
何年かして聞いたら
その先生が行方不明になってしまった
とかでそれきりになってしまった。
“ありふれた”名字の方には、
こういう悩みというか発想はないのだろう。
しかし、同じ “山田”という
(はい 悪気はないですよ)
ありふれた名字でも
その出自は、それはもう千差万別なわけで、
「俺の山田はお前の山田とは、
格が違うんじゃ~ボケ」
みたいなことを「証明」したくはならないか…
などと 余計なことを思ったりするのですが、
それでもどんなに出来がよくても
“山田は山田な訳で”
…そのありふれた名字“だけ”に限れば
ノスタルジーもロマンもなんもなく、
ただ「山と田んぼに囲まれた村の何某」
に行き着くのは間違いないのでしょうが。
こちとらは…そうはゆかないのです。
“紋”が紋章の“紋”であるなら、
どこかの国の隠れ谷に
王家の財宝を管理する一族がいて、
その一族にのみ一子相伝で託される
財宝の在りかを記された巻物が託される
……みたいなことになる
可能性が非常に高いのですから。
「うーん わたしもそう思って
気にして調べたことがあるが
…結局わからなかった」
と、父も自分の名前は気にしていたようでしたが、
父がそういうことを気にし始める前に
じいさんは亡くなったので、
ちゃんと聞くこともできず
終いだったようです。
じいさんは、群馬で時事新報という
かつての新聞社で記者をしていた。
その後、静岡に越し、
嫁(ばあさん)をめとり
居を構える。
そこまではいいのですが、
どうもこのじいさん、
放蕩者というか、
静岡に越してきてからは、
あまり働きもせずに、
つらつらと毎日、好きなことをして
暮らしていたふしがありまして、
その好きなことの中に、
「板を削り欄間を彫ったり」
「書に思いついた言葉をしたためたり」


…小説を書いていたなんて話もあり…
たしかに数少ない当時の写真でみると
山高帽にシルクハットだったり、
着流しにマフラーなんて、
ついぞウチの田舎では見かけない
(しかも大正の初めの頃)姿で写っていて、
ずいぶん洒落者なんだ
という印象を受けるのです。
そのじいさん方の親戚とは、
まったくつながりがないので、
どこにどなたか紋谷何某…さんが
生きていらっしゃるものか…
と、もし、そのつてで
「紋谷の秘密(笑)」が
あきらかにされるのなら、
足を運びたいと思っているのです。
キーワードはふたつ
群馬前橋の北の方 そして 明智光秀
前橋の北の…には
“紋谷”の名字がいつくかあった。
しかしそれもワシが全国の
体育大会で参加した際に
近くまで行ったので調べてみたのだが、
それはもう40年も前の話し…と父。
どうも明智光秀末裔らしい…
も父の話し。
僕が子供の頃
(たぶんそれが40年前なのかと…)
にも聞いた覚えがある。
この明智光秀というのがよく分からない
…明智光秀といえば 美濃だろう…
Wikiで見ても山形 長野…?…
いずれにしろ、群馬の出
ということはなさそうだ
しかし、父が40年の時を隔て
息子にでまかせを言うと
言うのもおかしいので、
なにかのつながりは
あるかもしれない。
まあ、そういうものも
ロマンのうちなのだろうと、
頭の隅に置くことにして、
できれば今年中には突き止める
そういうつもりでおります。
第3回 今年の映画BEST10 2011 “観ないでシネるか!”
投稿日時:2011/12/29(木) 20:51
ゲスト アロハ坊主さん
司会 ジャッキー みわち
「年内 ぎりぎりで 今年も今日の日がもてましたね 」
もんや「…よかった 1日帰省を延ばし 大掃除もできたし♪
でも篠塚さん、いま まだウチの風呂、
洗ってくれている最中なんだよね」
洗ってくれている最中なんだよね」
司会「マジですか!?…いまですか?
いいんですか こんなことしていて?」
アロハ「そうですよ もんやさんの風呂でしょ!」
もんや「 ……… では、始めましょう」
司会「…いいのかなあ??
…でも まあ じゃあ始めますか。
まずは、今年の総括というか洋画邦画問わず
全体の印象とかありますか?」
全体の印象とかありますか?」
アロハ「前半によい邦画が多くて、
逆に後半は洋画がよかったですね」
司会「なるほど年明けから 米アカデミー賞作品が相次いで
封切られたと思いますが、そのあたりはどうですか?」
アロハ「ソーシャル…はまあまあよかったかと…あとは…??
ナタリーポートマンの演技の新境地が見られた
ブラックスワンは、作りようによってはコミカルに
なってしまうのに、緊張感を持続させた力を感じますね」
ブラックスワンは、作りようによってはコミカルに
なってしまうのに、緊張感を持続させた力を感じますね」
もんや「そうですね。ソーシャルだけはまあまあよかった。
のと…ブラックスワンもおんなじ感想ですね。
相変わらず お金をかけた作品がつまらない。
低予算で面白い作品は増えましたね。
大きなバジェットにそぐう作品となると
極端にないですよね。
相変わらず お金をかけた作品がつまらない。
低予算で面白い作品は増えましたね。
大きなバジェットにそぐう作品となると
極端にないですよね。
これは困ります。監督さんに力がないというより、
動いたお金の分だけ人も思惑も動いて
そこらへんを仕切れていないのかなと」
司会「それでは早速 おふたりのBEST10を発表してください
ではまずアロハさんから」
アロハ「 1位 マイバック・ページ
2位 海炭市叙景
3位 灼熱の魂
4位 マネーボール
5位 ツレがうつになりまして
6位 サラの鍵
7位 ヤコブへの手紙
8位 光のほうへ
9位 サウダーヂ
10位 奇跡
次点 ロックンロールは鳴りやまないっ
司会「じゃあ次にもんやさん」
もんや 「1位 ツレがうつなりまして
2位 50/50
3位 灼熱の魂
4位 マネーボール
5位 カイジ2
6位 ミッション8ミニッツ
7位 海炭市叙景
8位 サラの鍵
9位 メカニック
10位 孫文の義士団
次点 クリスマス・ストーリィ カーズ2
あぜ道のダンディ
あぜ道のダンディ
ロックンロールは鳴りやまないっ
司会「なるほど~ 同じ作品が重なってますね
よほどよい作品なのでしょう。
そのあたりからお伺いします
そのあたりからお伺いします
まず洋画ですと…ふたりとも3位が灼熱の魂
4位がマネーボールですね」

アロハ「サスペンス仕立てで…最後まで分からなかった
…引きこまれましたね。」
もんや「サスペンスだと思って観ていなくてさ
…ヒューマンドラマかと?」
アロハ「双子の姉弟が、亡くなったお母さんの遺言に従って、
お父さんとお兄さんを探しにでる。
現在(双子)と過去(お母さんの人生)の話がテレコで
展開するんだけど…
そうなると 過去と現在の画面に変化をつけるのが
普通なんだけど、この映画はそうはしないから、
わかりにくい…でもその分考えてみることになって
また挿入の仕方がうまいから…引きこまれてしまう。」
展開するんだけど…
そうなると 過去と現在の画面に変化をつけるのが
普通なんだけど、この映画はそうはしないから、
わかりにくい…でもその分考えてみることになって
また挿入の仕方がうまいから…引きこまれてしまう。」
もんや「中東の乾いた感じと答えの分かったときの衝撃は…
今年1番でしょうね 女の情念ということでは、
ブラックスワンと対比して欲しい。
ブラックスワンと対比して欲しい。
スケールが違うから…だけではなく話しの展開に
“これぞ映画” って観客にアピールするところがある。
それが黒い鳥には感じませんでした。」
“これぞ映画” って観客にアピールするところがある。
それが黒い鳥には感じませんでした。」
アロハ「僕は母性を強く感じました
その意味では2年前の韓国映画
“母なる証明”と比べて欲しい」
“母なる証明”と比べて欲しい」
司会「マネーボールは?」
もんや「ブラピの中では いちばん最高!!
特に後半が好きですね。成功してからの描き方…
あのピーターグラントとのからみとかお洒落です」
あのピーターグラントとのからみとかお洒落です」
アロハ「貧乏球団が、既存のシステムを変えてゆき、
ワールドシリーズの優勝を目指す。
まずはこの話しが面白い。
それと、キャラクターが魅力的で、
やはりピーターグラント君ですね」
まずはこの話しが面白い。
それと、キャラクターが魅力的で、
やはりピーターグラント君ですね」
司会「それでおふたりとも4位ですか?」
アロハ「野球とはチームワークと思われがちなんだけど
…主人公のビリービーンや参謀の孤独
最後はチームの監督や選手も…
結局はひとりで思い悩んでいる
ということを描いてくれているから
共感できましたね」
最後はチームの監督や選手も…
結局はひとりで思い悩んでいる
ということを描いてくれているから
共感できましたね」
もんや「スカッとするようでしない
なぜならマネー理論はある意味“せこい”から。
確率論で戦法を導く野球はつまらん!
って思いがあるから でも勝っちゃう。
それでいいのだっていう つまり球団ビジネスだし
同じ闘い方で大金持ち球団には勝てないんだから
仕方ないって開きなおり…
ここを確信的に演じているブラピがよかった」
確率論で戦法を導く野球はつまらん!
って思いがあるから でも勝っちゃう。
それでいいのだっていう つまり球団ビジネスだし
同じ闘い方で大金持ち球団には勝てないんだから
仕方ないって開きなおり…
ここを確信的に演じているブラピがよかった」
司会「サラの鍵…は アロハさん6位 もんやは8位 」
アロハ「 途中…サラが麦畑 走るシーン 忘れられません。」
もんや「これも観るべき映画でしょうね
真実探しというプロットは、灼熱の魂に似ているけど
観終った感想はぜんぜん違う」
観終った感想はぜんぜん違う」
アロハ「似てますね。主人公の女性が
「真実には代償はつきものなの…」と
旦那に言うところが印象的でした」
旦那に言うところが印象的でした」
司会「では、邦画に移りますね…
海炭市叙景がアロハさん2位
もんやさん7位
ツレうつは、もんやさんが1位
アロハさんは5位」
もんやさん7位
ツレうつは、もんやさんが1位
アロハさんは5位」
アロハ「海炭市叙景
…地方が舞台の映画は多いんですけど
ここまで情景と一体化した物語は珍しい」
ここまで情景と一体化した物語は珍しい」
もんや「オムニバスの傑作ですね。
アロハさん 好きなシーンはありますか?」
アロハ「3つくらいありますね 」
もんや「2つにしてください(笑)」
アロハ「ひとつは加瀬亮演じる2代目社長の足の上に
ガスボンベが落ちて…動けない
あのあたりのシニカルさ
あのあたりのシニカルさ
もうひとつは、帰ってこないことを
なんとなく察知しているのに
兄の帰りの待つ妹 ロープウェイの下で…
あのオープニングシーンでしょ
行き場のない悲しみ…
この映画全体の印象を決めている
エピソードとしてよかった」
なんとなく察知しているのに
兄の帰りの待つ妹 ロープウェイの下で…
あのオープニングシーンでしょ
行き場のない悲しみ…
この映画全体の印象を決めている
エピソードとしてよかった」
アロハ「…でもこの映画のすごいところは
最終的には小さな希望を観る人に与えることが
できている映画だと思います」
できている映画だと思います」
もんや「最後の猫んとこの長回し
どんな意味があったのか…
余韻というには 謎です」
余韻というには 謎です」
司会「ツレうつは? 1位ですかもんやさん」
もんや「100点ですね!!!
傑作です!! なんの問題もない」
アロハ「僕は出来過ぎた感が気になった。
理想的な夫婦の形を描いている
という意味ではきれいすぎる」
という意味ではきれいすぎる」
もんや「その出来過ぎた感を感じてもなお、
チャーミングだなと思った。
暗くなって、つらくなって、
しんどくなって描けば描くほど、
そうなるはずなのに。
結果チャーミングしてあげられたのは、
作り手の力量だと思います。
暗くなって、つらくなって、
しんどくなって描けば描くほど、
そうなるはずなのに。
結果チャーミングしてあげられたのは、
作り手の力量だと思います。
宮崎あおいの衣装、日本家屋の庭のひだまり、
イグアナの存在感、漫画の挿入・・・・」
イグアナの存在感、漫画の挿入・・・・」
司会「アロハさんの1位の
マイバックページはいかがですか」
アロハ「山下監督が、これまで描いてきた
挫折した男の物語としては、最高傑作です。
ラストの主人公の妻夫木が涙を流すシーンは
ほんと泣けました。
もんやさんは、いかがでしたか」
ラストの主人公の妻夫木が涙を流すシーンは
ほんと泣けました。
もんやさんは、いかがでしたか」
もんや「あの空気感は大好きだし、
そこが表現されていた。
音楽もいいし。役者もみんないい。
ただ唯一残念なのが、新人記者の妻夫木の
引きづられることに無理があると思った」
音楽もいいし。役者もみんないい。
ただ唯一残念なのが、新人記者の妻夫木の
引きづられることに無理があると思った」
司会「じゃあ、最後におふたり
他におすすめの作品はありますか?
あと、今年の演技で光った俳優などいましたら」
あと、今年の演技で光った俳優などいましたら」
アロハ「ヤコブへの手紙ですね。
登場人物が2人しかいませんが、
ヒューマンドラマとして見ごたえがあります。
女優ですけど神楽坂恵さん
恋の罪と冷たい熱帯魚
この演技はよかった 」
ヒューマンドラマとして見ごたえがあります。
女優ですけど神楽坂恵さん
恋の罪と冷たい熱帯魚
この演技はよかった 」
もんや「ミッション 8ミニッツ、
メカニック、孫文の義士団の3作品ですね。
アクションものとしては、とても面白い。
リアルスチールや、ミッションインポシブル
ゴーストプロトコルよりも、
数倍面白かったですね
俳優さんは 冷たい熱帯魚のでんでん
あと8日目の蝉の…小池栄子
…最高ですね まことにうまい」
アクションものとしては、とても面白い。
リアルスチールや、ミッションインポシブル
ゴーストプロトコルよりも、
数倍面白かったですね
俳優さんは 冷たい熱帯魚のでんでん
あと8日目の蝉の…小池栄子
…最高ですね まことにうまい」
司会「わかりました わたしも観ていない作品ばかりで、
参考にして拝見します、楽しみです。
来年もまたぜひ呼んでください」
来年もまたぜひ呼んでください」
アロハ「今日はありがとうございました
あれっ? なんかゴージャスな
料理が並び始めましたが …?
料理が並び始めましたが …?
もんや「それは篠塚さんに食べて欲しくて用意しているのさ
篠塚さん お待たせしてすいません?」
アロハ「来年早々に “デビルスダブル”
もんや「今年もお付き合いいただきありがとうございました
来年もよろしくお願いします」
天命を知る…か?
投稿日時:2011/11/28(月) 09:00
だいたい15年で、
自分なりに学問の基礎を
確立してしまった人の言葉ですから、
自分なりに学問の基礎を
確立してしまった人の言葉ですから、
まあ比べても仕方ない
わけなのですが、
40歳にしてなお、
惑ってばかりいた自分が、
わけなのですが、
40歳にしてなお、
惑ってばかりいた自分が、
どこまで …
たとえば“人の道のなんたるかを
知り得たのか?”…
などと自問してみると、
たとえば“人の道のなんたるかを
知り得たのか?”…
などと自問してみると、
これが意外と
「まあ だいたい人生とは
こういうことなのではないか」
と、自分なりに答えがあるように思う。
「まあ だいたい人生とは
こういうことなのではないか」
と、自分なりに答えがあるように思う。
ほほお~
天命と言うほどのものではなく
神さんが僕に期待していることがあって、
神さんが僕に期待していることがあって、
その期待にあまりに応えないものだから
“汝に罰をくだす”
みたいなことを感じるのも、
“汝に罰をくだす”
みたいなことを感じるのも、
オカルティックな意味でなく、
“知る”って範疇にはいるのだと思う。
“知る”って範疇にはいるのだと思う。
出来てもいないのに…
おこがましいのですが、
点数をつけると50点くらいで、
もっと努力しなさい。
おこがましいのですが、
点数をつけると50点くらいで、
もっと努力しなさい。
と言われている
そう言われている気がしてならない。
そう言われている気がしてならない。
FBなどしてみると、
知り合いの日常の行動や考え方が、
ポンポン飛び込んできて、
なんとなく眺めているだけでも、
知り合いの日常の行動や考え方が、
ポンポン飛び込んできて、
なんとなく眺めているだけでも、
「ああ 他人はどうしてこんなに
真面目なんだろう」
真面目なんだろう」
と思う。
もちろん中には、
どこにいるか?
なにをしているか?
だけじゃなく
だから何が言いたいの?
言葉足りないよ とか、
なにをしているか?
だけじゃなく
だから何が言いたいの?
言葉足りないよ とか、
ユーチューブの動画やら
他のリンクのシェアを
ペコペコ送るのは
いかがなものかと
思わないのか?
とか
他のリンクのシェアを
ペコペコ送るのは
いかがなものかと
思わないのか?
とか
誰かに 見てもらいたい
聞いてもらいたいのなら
そういうしつらえにして欲しい
と思う“ポンポン”も
多くあるのですが、
聞いてもらいたいのなら
そういうしつらえにして欲しい
と思う“ポンポン”も
多くあるのですが、
そういうものにも慣れてしまうと
他人と自分の興味関心の
違いみたいなことに、
数多く気づかされる。
他人と自分の興味関心の
違いみたいなことに、
数多く気づかされる。
そして、これは意外に
自分を発見することに
役に立ったりする。
自分を発見することに
役に立ったりする。
「ああ 自分はどうしてこんなに
不真面目なのだろう」
不真面目なのだろう」
罰と言うのは 病気の再発のことで、
その罰のせいで 生き方や考え方が
変わったのは確かで、またその罰のせいで
その罰のせいで 生き方や考え方が
変わったのは確かで、またその罰のせいで
少しは自分に厳しくなれたわけで、
だからこそ不真面目な自分を再認識している。
だからこそ不真面目な自分を再認識している。
ただ、よし真面目にひたむきに
目の前のことを一歩一歩と考えたくても、
病気と言う罰のせいで
考えられないじゃないか!?
目の前のことを一歩一歩と考えたくても、
病気と言う罰のせいで
考えられないじゃないか!?
…というのも、紛れもない事実で
この矛盾は思いのほか
やっかいです。
この矛盾は思いのほか
やっかいです。
もう少しで誕生日ということと、
先日の検査結果が思わしくないせいで、
こんなことを書いている。
先日の検査結果が思わしくないせいで、
こんなことを書いている。
CT画像では、肺の腫瘍は大きくなっている
感じのヤツもあれば、変わらないヤツもあったり…で
感じのヤツもあれば、変わらないヤツもあったり…で
咳がひどいので
もっと気管支を圧迫しているのか
と思いましたが、
画像ではそこまでは分からず
もっと気管支を圧迫しているのか
と思いましたが、
画像ではそこまでは分からず
今回の血液検査の結果は遅れに遅れた。
聞けば 値が高すぎて
データーが取れないので、
試薬を大幅に薄めて
再検査している
という。
データーが取れないので、
試薬を大幅に薄めて
再検査している
という。
3時間近く待たされ
もう次回にしましょう…と
会計に向かっていたら
「もんやさ~ん 出ましたよお~」と
看護師さんが走ってやってきて、
もう次回にしましょう…と
会計に向かっていたら
「もんやさ~ん 出ましたよお~」と
看護師さんが走ってやってきて、
そのあと主治医も外来の部屋から
追っかけてやってきて…
廊下で立ちながら結果を聞くことに。
追っかけてやってきて…
廊下で立ちながら結果を聞くことに。
AFP値:▼151000
先日、クスリが効いたと報告でき、
主治医が喜んだのもつかの間
1か月半で…3倍以上の値。
主治医が喜んだのもつかの間
1か月半で…3倍以上の値。
…過去最悪に近い、
この結果というのはなんなのだろう。
この結果というのはなんなのだろう。
なんだか検査が間違っているのではないか…
と疑ってしまう。
と疑ってしまう。
2年前に主治医は
今年の誕生日は乗り越えましょう…と言い、
その目標のクリアー目前にして、
尋常ではないマーカー値が出るに至り
今年の誕生日は乗り越えましょう…と言い、
その目標のクリアー目前にして、
尋常ではないマーカー値が出るに至り
目前の目標クリアーを喜ぶ間もなく…
暗い顔になっている…
なんとも申し訳ない。
暗い顔になっている…
なんとも申し訳ない。
立話しの主旨は…
「来年がんばれるか?」 ということ。
「来年がんばれるか?」 ということ。
頑張れるかは
文字通りそいういうことで
いよいよ…
そういうことを主治医は
示唆しているのでした…。
文字通りそいういうことで
いよいよ…
そういうことを主治医は
示唆しているのでした…。
もう、夕方5時を回り、外来へと続く廊下には
誰もおらず、肌寒く静かな少し暗い廊下で…
こういう話と言うのも妙に沁みる感じで。
誰もおらず、肌寒く静かな少し暗い廊下で…
こういう話と言うのも妙に沁みる感じで。
いかんいかん、主治医が暗ければ、
こちらが元気を出さねば…と
まあなるようにしかならない
と思ってますし、
なにかあればすぐ来ますから…
こちらが元気を出さねば…と
まあなるようにしかならない
と思ってますし、
なにかあればすぐ来ますから…
などと、笑って応えるのでした。
僕の主治医は とても真面目な方で
「完治が無理なら、薬漬けで寝たきりの人生を
選択するのはお勧めしない」
と以前から言いながら、
「完治が無理なら、薬漬けで寝たきりの人生を
選択するのはお勧めしない」
と以前から言いながら、
実際に、僕がいよいよ こういうことになると、
心配で仕方がない…という顔をしてくれる。
心配で仕方がない…という顔をしてくれる。
「いい報告ができなくて、
有効な手立てを提示できずに
すいません」
とも言う。
有効な手立てを提示できずに
すいません」
とも言う。
癌治療の最前線にいる医師だからこそ、
マヒする感情もあるように思うが、
際の際での本音に…
なんというか魂の宿る感じがして、
そういう主治医でよかったと思う。
マヒする感情もあるように思うが、
際の際での本音に…
なんというか魂の宿る感じがして、
そういう主治医でよかったと思う。
みなさんにも謝らなければと思います。
悪い話は、ほんとうは、報告したくないのです。
負けているとおもえば、少し勝ったりして
よしと思えば、やっぱりまた負けていて…
よしと思えば、やっぱりまた負けていて…
それも、完全に神さんのまな板の上の鯉
でしかなく、僕の方から、
事態の改善に向けて努力するとか…
なにも出来ないのです。
でしかなく、僕の方から、
事態の改善に向けて努力するとか…
なにも出来ないのです。
とにかく来年も こういう感じに
いろいろありながらもとにかく進めばよろし
なのですが それを願うしかない…
ということです。
いろいろありながらもとにかく進めばよろし
なのですが それを願うしかない…
ということです。
次の検査は来年の2月終わりに予約したので、
それまでに容態の急変がなければ
この手の報告はいたしません
しばし忘れてください。
それまでに容態の急変がなければ
この手の報告はいたしません
しばし忘れてください。
◇◇◇
今年は 映画をあまり
観ることができていません。
恒例のアロハ坊主さんとの対談
いかがなるか…。
今年 面白かった
(今年のコンテンツと言う訳でもなく
僕が今年知ったというだけのことで
恐縮ですが)
(今年のコンテンツと言う訳でもなく
僕が今年知ったというだけのことで
恐縮ですが)
エンタメを少しづつ紹介しておきます

歳は若いが東大卒のご住職の言葉が、
なかなかすごいと聞いた。
WEBでも あるいは口頭でも
「とにかく自分を理解して欲しい」
という自分語りにうんざり。
「とにかく自分を理解して欲しい」
という自分語りにうんざり。
自分が 自分がという
「自分濃度を濃くすればするほど」
ガツガツとしたもの欲しそうな雰囲気が漂う。
「自分濃度を濃くすればするほど」
ガツガツとしたもの欲しそうな雰囲気が漂う。
それには威厳がなく、
チンケで 他人から安く見られる…
「自分濃度を薄めなさい。
そうすれば立ち居振る舞いは美しくなる」
チンケで 他人から安く見られる…
「自分濃度を薄めなさい。
そうすれば立ち居振る舞いは美しくなる」
こんな風にしてはじまる彼のエッセイ
(説法か)をどう受け止めるか…
ただ FBのことでも触れましたが
「自分濃度」を薄める
(説法か)をどう受け止めるか…
ただ FBのことでも触れましたが
「自分濃度」を薄める
ことは、その人の品位に通じる
とはわたくしも思います。
とはわたくしも思います。
賞を獲ったときから気になっていた漫画…
すごいの評判ばかり聞いていて…
やっと読み始めた
すごいの評判ばかり聞いていて…
やっと読み始めた
絵の下手さとグロさは「寄生獣」の趣き
しかしその設定が面白い
ストーリィーも面白い
想像越えてくれる展開
緊張感がすごい怖い
これはやめられない。
ちなみにこれを原作に実写で映画化しようなどと
思う人はいないし、できないが、
もし、してくれたら必ず観る。
しかしその設定が面白い
ストーリィーも面白い
想像越えてくれる展開
緊張感がすごい怖い
これはやめられない。
ちなみにこれを原作に実写で映画化しようなどと
思う人はいないし、できないが、
もし、してくれたら必ず観る。
これも映画にしたらどうだろうと
考えてしまった。
ブラッケンハイマーあたりか。
アフリカ 日本 ワシントン
…3つのストリィーがテレコで進む展開
そのひとつひとつが面白いから…
それぞれ違う監督で撮るくらいの力量はいる。
こういうスケールの物語を書ける
作家が日本にいたんだ…
と素直に驚いた。
考えてしまった。
ブラッケンハイマーあたりか。
アフリカ 日本 ワシントン
…3つのストリィーがテレコで進む展開
そのひとつひとつが面白いから…
それぞれ違う監督で撮るくらいの力量はいる。
こういうスケールの物語を書ける
作家が日本にいたんだ…
と素直に驚いた。
Facebook とMONEYBALL
投稿日時:2011/11/14(月) 10:38遅ればせながら FBを始めた。
始めての感想は、もうすでに何年もの間、
十分に友達なのに、今さらその関係を
「承認」する
というのは甚だ抵抗を感じる。
これはみなそうなんだろうが、
承認して「ありがとう」などと言われると、
恐縮してしまう。
重ねて言うと、
「これ以上、知り合いを増やしたくはない」し
「知り合いが誰と友達になったとか
…言われても困る」
それでも、始めたのには理由があります。
いまから25年~30年前、
学生時代に渋谷のある場所で
同じ釜の飯を食った仲間と、
連絡を取りたいからです。
この時代は僕にとってとても
意味のある時間が流れていた。
…なんて思い返すことが多く、
当時の渋谷は、東京に出て来て2年目、
地に足がついた場所でもあります。
自分の人生にとって、
この期間は意味あるなあ~
と思い返すことありませんか?
高校時代までは、会おうと思えば会えるし
(まあ~思わないから、こういうコミュニティ
ツールが使われるわけなのですが、
一瞬の懐かしさの先になにがあるのか
…が重要なのでしょう)
探そうと思えば探せる範囲でもあります。
大学時代も然り、社会人になってから、
はじめの頃の人間関係は、
僕の場合は“希薄”なので、どうでもよい。
“本気で”会いたくて、
会えないZONEがこの5年間。
実名で検索すれば、FBで探せる…
とアドバイスされるのですが
ルールとしてそれはすまい
と思っています。
ルール?
“自分を明かし、お越しいただくのを待つ。
自分からは探しにゆかない”
なぜかと言うと、
① ニックネームは覚えていますが、実名が不明な人が多い…
…などなど
② いらしてくれた時の感動を味わいたい
③ 相手はもうつながりたくはない
かもしれないから…
とくに②番…
いちばん大きな理由です。
広大な電脳世界で、どこかのだれかと、
どこかの誰かがつながり、
またつながり…
そしてもんやを発見して、やってくる
…ここにロマンを感じるわけであります。
(大笑)
とまあ…始めまして1週間なわけなのですが、
やはり聞くとやるのとでは大違いを感じます。
面白いなあ…と思う点は。
“相手の趣味、趣向がダイレクトに見える”という点で、
そこに関して “いいね” ならば、
そのまま深くコミュニケーションが出来るという点、
人によっては、
「そんなの、直に会って話せばよいじゃん」
なんて思うのでしょうが、
いやいやそうではないのです。
直に話すことなんて、機会は少ないのです。
そもそも直に会う場合は、
会話は限られ、久しぶりに会おうものなら
「久しぶり なにしているの?」
だけで1時間くらい経ってしまい、
あっという間に
「じゃあまたね …」
でお開きになってしまう。
僕などは“薄い”やりとりが大嫌いなので、
そういう半端な会は極力、参加したくない。
FBで彼の近況や趣向でのやりとりをしていれば、
その後、直に会った時に
「久しぶり~」なんて社交辞令の必要はなく、
もう、そのまま共通の会話に持ち込めたりするわけで、
その意味ではFBと実際を組み合わせることで、
深い人間関係が生まれるなあ~と感じました。
また、もう知り合い増やしたくない…
などと嘯きましたが、すでに
感動の出会いもいくつかありまして、
ありがとうFBなのです。
あと、“発信すること”がうまい人、
下手な人…いるなあ…と。
他人とのコミュニケーションがうまい人は、
やはりメッセージ性が高い。
これは、バーチャルでもリアルでも
同じことなんだなあ…と思いますし。
反面、普段、寡黙な人が、
饒舌にメッセージを発信しているのを拝見すると、
なんだ言いたいことがあるじゃん…
なんて再発見です。
知り合いが増えてくると
ウォールが訳がわかんなくなってきますが、
みんなはどうしているのだろう?
まあ、好きに取捨選択しているのでしょうが…
僕は不器用なので、情報がランダムに
数が増えてくると、処理できなくなってしまう。
能動的に主体的に関わる人には最適なのだろが、
僕などはどちらか…
ではなく完全に受動的なので…
まだ慣れません。
巨大な居酒屋で、
メガ合コンしている感じなのでしょうか?
主体的に相手を探しに席から席へと渡り歩く、
席と席はつながり、また離れ、
またつながる…
いろんな席でいろんなテーマが話されて
人が入ったり抜けたり、でも大切なルールは、
自分が何者なのか明らかにしていること…。
僕などは、知らない人と
つながりたくなどは決してありません。
たどり着いた町で知り得た情報をもとに、
知らない人とPARTYを組み、
町はずれの北の洞窟に巣くう、
魔人を倒して、ドラゴンの紋章の入った
指輪を手に入れる…
なんてことはできないのです。
かんたんに出来る人が、不思議でなりません。
◆◆◆
久しぶりによい映画を映画館で観た。
「MONEY BALL」
ブラッドピットの映画としては、
僕はいちばんよい出来なのではと思う。
アメリカ大リーグ、オークランドアスレチックス(A’s)の
若きGMの物語。
A’sの選手の年棒予算は4000万ドル…
なのに2億ドルの予算を持つ球団
(たとえばヤンキース)と対戦しなければならない。
…この不条理を「マネーボール理論」という
新しい取り組みで克服した男の話であります。
マネーボール理論がなんだかわからない人に
かんたんにひと言で解説すると
数あるデータの中から、
勝利に結びつくものとそうでないものを峻別し、
使い分けること。
具体的には、
「打者は打率で評価しない、大切なことは出塁率。
なぜならベースボールは、アウトを3つ奪われたら
攻守が交代してしまう
攻撃側は、いかに交代を遅らせるかが重要である」
「シングルヒットより長打が重要。
塁を多く進めることが勝利への重要な要件である」
つまりマネーボール理論の強打者とは、
出塁率が高く、なおかつ長打力を兼ね備えている選手…
となる。
打率は、単にヒットを打った確率にすぎず、
出塁能力も長打の能力も示していない。
実際に、出塁率と長打能力は
チームの得点数といちばんの相関関係にある。
そしてマネーボール理論は同様の理屈で…
盗塁と犠打を否定する。
これは、アウトになる確率がある
プレーは選択すべきでないからと定義つける。
これが投手となると…
真の実力を計るには “被安打” は不確定な要素で排除する。
奪三振・与三振・被本塁打
この3要素を軸とすべきとする。
つまりこの3要素こそ、
相手と自らの関係を決定づける要素だと
決めつけすことから始めているのです。
この理論の根底にあるものは
“主観に頼らない” ということ。
たとえば、
「3割の打者と2割7分5厘の打者を
目で見て区別することは不可能。
なにしろ、2週間にヒット1本の差しかない。
事実、もし年間15試合観戦するとしたら、
目の前でたまたま、2割7分5厘の打者が、
3割打者より多くヒットを打つ確率は40%もある。
優れた打者と平均的な打者の違いは、
目には見えず、違いはデータの中だけにある」
という、これは当時のドラフトやスカウトが
「見栄えやイメージのよい選手を獲得すること」
に注力してきた球団の姿勢を
覆す際に多用した言葉だ。
「われわれはジーンズを売っているわけではない」
まあ、だからこの野球はつまらない…
僕にとっては。
走るなバントもするな四球を選べ
と言っているわけで、僕の大好きな
高校野球などはその在り方を否定されてしまう。
しかし、ブラピは言うのです、
「結局、勝つこと、勝ち続けることでしか
われわれの存在感はなく、
勝ち続ければファンは評価してくれる」…と
勝つためには手段を選ばないとも言える
このマネーボール理論のおかげで、
A’sはワールドシリーズこそ逃すが、
常勝軍団へと生まれ変わる。
この、勝てばなんでもよい理論は、
当時、球界からはつまらないと揶揄されたわけなのですが。
結局、今日メジャー全球団に最低一人は
データ分析のアナリストはいるわけで、
日本のプロ野球にも「データ野球」なる
言葉が生まれて久しいのも
ひも解けばこのあたりのわけなのです。
…ああ なんだか解説になってしまいました。
ごめんなさい。
この理論はどうでもよかったのに…
球団改革に苦悩するブラピがよいのです。
この映画、原作が原作だけに
(統計やデータ満載の本、ストーリーがない)
脚色は重要で、ソーシャルネットワーク(FBの話し)と
シンドラーのリストの脚本家がふたりがかりで、
シナリオにを仕立てているせいか、
「観る側に感じさせる」という
映画として素晴らしいできに思う。
ブラピを静かなる強い意志を持った主人公に
仕上げた出来栄えが、僕には秀逸に感じました。
A’sは来年日本でマリナーズと日本開幕戦やりますね。
野球好きな人もそうでない人も楽しめます。
始めての感想は、もうすでに何年もの間、
十分に友達なのに、今さらその関係を
「承認」する
というのは甚だ抵抗を感じる。
これはみなそうなんだろうが、
承認して「ありがとう」などと言われると、
恐縮してしまう。
重ねて言うと、
「これ以上、知り合いを増やしたくはない」し
「知り合いが誰と友達になったとか
…言われても困る」
それでも、始めたのには理由があります。
いまから25年~30年前、
学生時代に渋谷のある場所で
同じ釜の飯を食った仲間と、
連絡を取りたいからです。
この時代は僕にとってとても
意味のある時間が流れていた。
…なんて思い返すことが多く、
当時の渋谷は、東京に出て来て2年目、
地に足がついた場所でもあります。
自分の人生にとって、
この期間は意味あるなあ~
と思い返すことありませんか?
高校時代までは、会おうと思えば会えるし
(まあ~思わないから、こういうコミュニティ
ツールが使われるわけなのですが、
一瞬の懐かしさの先になにがあるのか
…が重要なのでしょう)
探そうと思えば探せる範囲でもあります。
大学時代も然り、社会人になってから、
はじめの頃の人間関係は、
僕の場合は“希薄”なので、どうでもよい。
“本気で”会いたくて、
会えないZONEがこの5年間。
実名で検索すれば、FBで探せる…
とアドバイスされるのですが
ルールとしてそれはすまい
と思っています。
ルール?
“自分を明かし、お越しいただくのを待つ。
自分からは探しにゆかない”
なぜかと言うと、
① ニックネームは覚えていますが、実名が不明な人が多い…
フランケンさん
むちゃく
チーフ
玉ちゃん
兵衛門さん
むちゃく
チーフ
玉ちゃん
兵衛門さん
…などなど
② いらしてくれた時の感動を味わいたい
③ 相手はもうつながりたくはない
かもしれないから…
とくに②番…
いちばん大きな理由です。
広大な電脳世界で、どこかのだれかと、
どこかの誰かがつながり、
またつながり…
そしてもんやを発見して、やってくる
…ここにロマンを感じるわけであります。
(大笑)
とまあ…始めまして1週間なわけなのですが、
やはり聞くとやるのとでは大違いを感じます。
面白いなあ…と思う点は。
“相手の趣味、趣向がダイレクトに見える”という点で、
そこに関して “いいね” ならば、
そのまま深くコミュニケーションが出来るという点、
人によっては、
「そんなの、直に会って話せばよいじゃん」
なんて思うのでしょうが、
いやいやそうではないのです。
直に話すことなんて、機会は少ないのです。
そもそも直に会う場合は、
会話は限られ、久しぶりに会おうものなら
「久しぶり なにしているの?」
だけで1時間くらい経ってしまい、
あっという間に
「じゃあまたね …」
でお開きになってしまう。
僕などは“薄い”やりとりが大嫌いなので、
そういう半端な会は極力、参加したくない。
FBで彼の近況や趣向でのやりとりをしていれば、
その後、直に会った時に
「久しぶり~」なんて社交辞令の必要はなく、
もう、そのまま共通の会話に持ち込めたりするわけで、
その意味ではFBと実際を組み合わせることで、
深い人間関係が生まれるなあ~と感じました。
また、もう知り合い増やしたくない…
などと嘯きましたが、すでに
感動の出会いもいくつかありまして、
ありがとうFBなのです。
あと、“発信すること”がうまい人、
下手な人…いるなあ…と。
他人とのコミュニケーションがうまい人は、
やはりメッセージ性が高い。
これは、バーチャルでもリアルでも
同じことなんだなあ…と思いますし。
反面、普段、寡黙な人が、
饒舌にメッセージを発信しているのを拝見すると、
なんだ言いたいことがあるじゃん…
なんて再発見です。
知り合いが増えてくると
ウォールが訳がわかんなくなってきますが、
みんなはどうしているのだろう?
まあ、好きに取捨選択しているのでしょうが…
僕は不器用なので、情報がランダムに
数が増えてくると、処理できなくなってしまう。
能動的に主体的に関わる人には最適なのだろが、
僕などはどちらか…
ではなく完全に受動的なので…
まだ慣れません。
巨大な居酒屋で、
メガ合コンしている感じなのでしょうか?
主体的に相手を探しに席から席へと渡り歩く、
席と席はつながり、また離れ、
またつながる…
いろんな席でいろんなテーマが話されて
人が入ったり抜けたり、でも大切なルールは、
自分が何者なのか明らかにしていること…。
僕などは、知らない人と
つながりたくなどは決してありません。
たどり着いた町で知り得た情報をもとに、
知らない人とPARTYを組み、
町はずれの北の洞窟に巣くう、
魔人を倒して、ドラゴンの紋章の入った
指輪を手に入れる…
なんてことはできないのです。
かんたんに出来る人が、不思議でなりません。
◆◆◆
久しぶりによい映画を映画館で観た。
「MONEY BALL」
ブラッドピットの映画としては、
僕はいちばんよい出来なのではと思う。
アメリカ大リーグ、オークランドアスレチックス(A’s)の
若きGMの物語。
A’sの選手の年棒予算は4000万ドル…
なのに2億ドルの予算を持つ球団
(たとえばヤンキース)と対戦しなければならない。
…この不条理を「マネーボール理論」という
新しい取り組みで克服した男の話であります。
マネーボール理論がなんだかわからない人に
かんたんにひと言で解説すると
数あるデータの中から、
勝利に結びつくものとそうでないものを峻別し、
使い分けること。
具体的には、
「打者は打率で評価しない、大切なことは出塁率。
なぜならベースボールは、アウトを3つ奪われたら
攻守が交代してしまう
攻撃側は、いかに交代を遅らせるかが重要である」
「シングルヒットより長打が重要。
塁を多く進めることが勝利への重要な要件である」
つまりマネーボール理論の強打者とは、
出塁率が高く、なおかつ長打力を兼ね備えている選手…
となる。
打率は、単にヒットを打った確率にすぎず、
出塁能力も長打の能力も示していない。
実際に、出塁率と長打能力は
チームの得点数といちばんの相関関係にある。
そしてマネーボール理論は同様の理屈で…
盗塁と犠打を否定する。
これは、アウトになる確率がある
プレーは選択すべきでないからと定義つける。
これが投手となると…
真の実力を計るには “被安打” は不確定な要素で排除する。
奪三振・与三振・被本塁打
この3要素を軸とすべきとする。
つまりこの3要素こそ、
相手と自らの関係を決定づける要素だと
決めつけすことから始めているのです。
この理論の根底にあるものは
“主観に頼らない” ということ。
たとえば、
「3割の打者と2割7分5厘の打者を
目で見て区別することは不可能。
なにしろ、2週間にヒット1本の差しかない。
事実、もし年間15試合観戦するとしたら、
目の前でたまたま、2割7分5厘の打者が、
3割打者より多くヒットを打つ確率は40%もある。
優れた打者と平均的な打者の違いは、
目には見えず、違いはデータの中だけにある」
という、これは当時のドラフトやスカウトが
「見栄えやイメージのよい選手を獲得すること」
に注力してきた球団の姿勢を
覆す際に多用した言葉だ。
「われわれはジーンズを売っているわけではない」
まあ、だからこの野球はつまらない…
僕にとっては。
走るなバントもするな四球を選べ
と言っているわけで、僕の大好きな
高校野球などはその在り方を否定されてしまう。
しかし、ブラピは言うのです、
「結局、勝つこと、勝ち続けることでしか
われわれの存在感はなく、
勝ち続ければファンは評価してくれる」…と
勝つためには手段を選ばないとも言える
このマネーボール理論のおかげで、
A’sはワールドシリーズこそ逃すが、
常勝軍団へと生まれ変わる。
この、勝てばなんでもよい理論は、
当時、球界からはつまらないと揶揄されたわけなのですが。
結局、今日メジャー全球団に最低一人は
データ分析のアナリストはいるわけで、
日本のプロ野球にも「データ野球」なる
言葉が生まれて久しいのも
ひも解けばこのあたりのわけなのです。
…ああ なんだか解説になってしまいました。
ごめんなさい。
この理論はどうでもよかったのに…
球団改革に苦悩するブラピがよいのです。
この映画、原作が原作だけに
(統計やデータ満載の本、ストーリーがない)
脚色は重要で、ソーシャルネットワーク(FBの話し)と
シンドラーのリストの脚本家がふたりがかりで、
シナリオにを仕立てているせいか、
「観る側に感じさせる」という
映画として素晴らしいできに思う。
ブラピを静かなる強い意志を持った主人公に
仕上げた出来栄えが、僕には秀逸に感じました。
A’sは来年日本でマリナーズと日本開幕戦やりますね。
野球好きな人もそうでない人も楽しめます。
12人も怒れていたら 部屋が狭くて仕方ない
投稿日時:2011/10/27(木) 16:28
ここのところ
三谷幸喜がよくテレビに顔を出す。
新作映画の宣伝にここまで
やっきになるのは、前作からか。
監督した映画は…過去に4作品
残念ながらどれも消化不良と思う。
東京サンシャインボーイズの舞台は、
たいてい観てきたから、
三谷幸喜がよくテレビに顔を出す。
新作映画の宣伝にここまで
やっきになるのは、前作からか。
監督した映画は…過去に4作品
残念ながらどれも消化不良と思う。
東京サンシャインボーイズの舞台は、
たいてい観てきたから、
その違いは歴然と分かる。
映画では、尺が短い
…のである。
最近では 東京芸術座の「ろくでなし啄木」
藤原竜也 中村勘太郎 吹石一恵が抜群に面白かった。
映画では、尺が短い
…のである。
最近では 東京芸術座の「ろくでなし啄木」
藤原竜也 中村勘太郎 吹石一恵が抜群に面白かった。
これまでのいちばんは?
と聞かれると困る。
ジブリ作品のいちばんは?
くらいに困る。
自身の舞台作品の映画化であり、
他人が監督している作品の中では、
「12人の優しい日本人」
1991年:中原俊監督
と聞かれると困る。
ジブリ作品のいちばんは?
くらいに困る。
自身の舞台作品の映画化であり、
他人が監督している作品の中では、
「12人の優しい日本人」
1991年:中原俊監督
これに勝るものはないと言いたい。
もとは米国TVドラマ「12人の怒れる男」がその原作にあたる。
有名にしたのは1957年 シドニー・ルメット監督
ヘンリフォンダ主演の映画。
以来、この作品は手を替え品を替え
いろいろな形でエンターテイメント化された。
そのひとつが 「12人の優しい日本人」。
僕は1990年の初演と2005年の四演版
ともに観ているのですが、
実は、映画版が一番好き。
映画のサイズに向いている作品なのでしょう。
“優しい”とし“日本人”として仕上げたあたりが
さすが三谷幸喜と唸らせる。
ハリウッド映画を観ていた僕は、
なんだ二番煎じかと…当然…思ったものでしたが
当時、観終わりヘロヘロになった。
2008年アカデミー賞外国語賞にノミネートされた
“ロシア版”もとても面白い。
「ヒトラーの偽札」もよい映画でしたが
僕は「12人…」のほうが上(受賞に値したのでは)
と思いました。
なにより共通する不文律ともいえる
“密室シチュエーション” を敢えて広げてみせた
試みが大成功していることに拍手です。
アメリカでもTV映画版として1997年製作されていて、
なんとジャックレモンや
ジョージ・C・スコットが出演している。
これも外せない。本気で面白い。
犯罪の内容と陪審員の性格を変えることで
いかようにも変化するシナリオは
国を問わない、人種を問わない
…共通する社会問題。
ある犯罪(殺人事件)を審議することになった
12人の一般人。
米国版はスラムの子供
ロシア版はチェチェン人
三谷版は主婦。
法廷で提出された証拠は
すべて被告人を有罪としている。
とうぜん、陪審員のほとんどが
はなから有罪と考えている。
審議の始まりは まずはの投票…
11:1
ここでひとりの陪審員が異議を唱える。
ここからはじまる人間模様。
自分をどの陪審員に投影するか
ここがこの作品の楽しみ方でもあります。
三谷さん 大味な映画は少し休憩して
もういちど「12人の優しい日本人」監督して欲しいです。
ぜひ、斬新で新しい脚本で。
ジンジャーエール!!
以上のアイデアは出ないでしょうかね?
※「12人…」ものは、すべてレンタルできます。
秋の夜長に ぜひどうぞ。
見比べて面白い 絶対です。
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